シアワセノジョウケン

邸へ戻った二人を迎えたのは、焦燥に駆られて今にも外へ飛び出して行きそうな勢いの直江だった。 昼になっても戻ってこない二人に、何かあったに違いない、と今すぐにでも飛び出せる格好で マントを手につかんですらいたのである。 その姿を目にして、高耶は心の痛むのを感じた。 たった数時間、姿が見えなくなっただけでこうなのだから、もし黙っていなくなってしまったら、どんなに悲しむことだろう。 ……それなのに……、 それが自分には嬉しい。 ここまで大事に思われているのだと考えると、嬉しくてどうにかなってしまいそうだ。 「……よかった。ちゃんと帰ってきてくれて」 門のところで青ざめて立っていた直江は、高耶が近づくと、安堵の吐息を深く深くついて、両手をその肩に置いた。 その手は冷えてつめたくなっていて、高耶は今度こそ胸を痛めた。 体温が下がるほど、お前はオレを心配してくれていたのか? 直江はそのまま腕を回して、高耶を抱きしめた。 「帰ってきてくれて……本当によかった。付いて行かなかったのをどれほど後悔したことか…… もう二度と、一人でどこかへ行ったりしないでくださいね」 痛いほど抱きすくめられて、胸のしこりは大きくなる。 「ごめん……」 言えない……千秋。 とても言えないよ…… 魔女のところへ行こうとしていた、なんて……。 「う、くるし……っ」 だんだん、抱擁がきつくなる。 僅かな隙間さえもなくしてしまおうというように、ぴったりと強く強く、体を抱きしめられる。 「なお……っ」 あまりにも強すぎて、息が詰まる。 けれど、この激しさが直江の想いの強さなのだと思うと、嬉しくすらあった。 これまでの触れ方は、子どもをあやすような優しい戯れのものだったけれど、今この抱擁は、何かを越えたもの。 強く、激しく、壊れんばかりに締めつけてくる腕。一つになろうとでもいうように密着する体。 ふいに胸がどきどきしてきて、高耶は顔を上気させた。 薄い布を透かして伝わってくる体温、鼓動。逞しい筋肉の感触。 意識すればするほど、体温の上がるのを感じて、ますますどきどきする。 好きだ、という声が……聞こえた。 初めて、素直にそれを認めた。 好き。 この男が好きだ…… ぎゅ、とさらに腕の締めつけがきつくなる。 「な、お……」 さすがに限界を感じて、抗議しようとしたら、ふいにその腕が緩んだ。 「……?」 緩んだと思ったら、鳶色の瞳が間近に迫って、唇を塞がれていた。 「んっ」 しっとりと、包み込むように唇が重ねられ、わずかに離れたと思ったら少し場所を変えてふたたび触れてくる。 何度も、何度も。 場所を変えて、あますところなくくちづけてくる。 くすぐったい。 キス。キス。キス。 「ん……」 数え切れないほど、何度もそうしてくちづけられて。 最後にちゅっと軽く音を立てて、直江の唇は離れていった。 「……」 それでも顔は間近にあって、どこを見ていたらよいものか、と戸惑ってしまう。 「な、おえ……?」 深い深い鳶色の瞳が、いつになく熱い。 ゆっくりとその唇が開いて、言葉を紡いだ。 「好きです」 目を見開く。 「あなたが……好きだ」 これまでに何度となく繰り返されてきた台詞。 けれど、これまでとは全く違う意味を持つ、その台詞――― 「なおえ……」 声が震えた。 そして、待ちわびた次の言葉は…… 「あなたを愛している……」 泣きそうな、優しい瞳をして、直江はゆっくりと告げた。 そのとき、何かが、胸の中で溶ける―――。                                          (02/06/26)







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