シアワセノジョウケン


「……や、高耶!」 「……れ?」 いつのまにか千秋が帰ってきていた。 思いに沈んでいた高耶は軽く頭を振って、意識を現実に戻した。 「どうしたんだよ?俺様に用があったんじゃねぇの」 「ああ。例の『魔女』のことで……」 静かな声で切り出すと、情報屋は顔を引き締めた。 仕事の顔になる。 「……とりあえず、商談に入ろうか。机んとこにかけてくれ」 商売机を指して、千秋は奥の椅子に腰掛け、机の上に身を乗り出して両手を拳に組んだ。 妖精はその向かいの椅子を引いて、ちょんと腰を下ろし、手を膝の上に置いている。 そうして、千秋は口を開いた。 「さて、どのような品(情報)をお望みですか、お客さん?」 手順どおりに一応かっこうをつけようということらしい。 「オレがほしいのは『魔女』に関するデータだ。この街の北に住んでいるっていうけど、どこにいる?」 真面目な顔で高耶が訊ねると、同じく真剣な瞳で情報屋は答えた。 「北の上だ。烏山って呼ばれてる丘があって、そこへ立ち入ったら案内役が現れる。そいつにくっついて 行けば魔女のもとまで行けるはずだ」 普段はお茶らけているけれど、こうして仕事の顔になった千秋はひどく真剣な瞳を見せて、高耶は 目を逸らした。 「そっか。ありがと。 ……で、情報料には何を?」 少し間をおいて、肝心なことを訊ねる。 タダで情報を与えるほど、商売というものは楽じゃない。街一番の情報屋・千秋の情報にはそれなりの値が つくはずだ。 果たして千秋は、 「お前は何を持ってる?俺様の情報に払えるような何か」 と冷静な声で聞き返してきた。 商売に妥協はない。 彼の情報は街一番の価値がある。それに見合う代金は払ってもらわなければならないのだ。 それでなければ、自分自身の価値を認めていないことになる。 安売りするほど腕に自信を持っていないはずもない。 高耶はしばらく考えて、軽く頭を振った。 「……考えたら、何もねーな。 この頭の中にある記憶、あとは体一つだ」 それを求められるとは思いもしないが、実際、これ以外のものは何も持っていないのだ。 この世界に残されたときに、精霊力も羽根も失われている。 あれが残っていれば、それなりの貴重品として提供に値したのかもしれないが。 千秋はふっと笑って、 「体なあ。可愛い女の子ならともかく、お前じゃなぁ。俺様は女専門だし」 ようやくいつものノリに戻った。 「尤も、相手が女の子だったとしても俺様はそういう形での料金支払いは受けねぇよ。そういう主義だ。 ま、もてもてだから不自由もしてねぇしな」 そんな風に笑い飛ばすのを、高耶の声が遮った。 「じゃあどうするんだよ?まさか、タダでなんて言うわけないだろ」 収入がどうのこうのという以前に、矜持が許さないはずだ。 「……高耶」 すると、再びひどく真剣な瞳になった千秋が、覗き込むように高耶を見つめてきた。 「何だよ」 戸惑ったように視線を逸らそうとするのをとどめて、千秋は続けた。 「……直江に言え。 お前、黙って出てきたんだろ? 魔女んとこに行く前に、あいつにちゃんと話せ。 それがお代だ」 「……」 じっと見つめてくる瞳はひどく優しくて。 小さな妖精は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。 「世話になったんだから、せめて礼くらい言ってけ。できればちゃんと納得させるんだ」 重ねて言われて、高耶はこぼれそうになった涙を隠そうと目を逸らした。 自分からは勇気が出なかった高耶の背中を、千秋はそうして押してくれたのだ。 「お前、優しいんだな……」 うつむいて呟いた彼に、千秋は照れたように笑って 「何だ、今ごろ気づいたのかよ」 と憎まれ口を叩き、チャイをあおった。 「―――そろそろ戻らないといけないんじゃない?直江が心配するわよ」 綾子が竹の簾の奥から顔を覗かせたのをきっかけに、高耶は腰を上げた。 「じゃ、ありがとう。家に帰るよ。ハリが広場で待ってる」 「ああ。くれぐれも、直江にちゃんと話してこいよ」 「うん。ほんとに色々ありがと」 これまでのすべての思いをこめて、高耶は小さく頭を下げた。 広場へ戻ると、両手の籠を食材で一杯にしたハリが、おろおろしながら待っていた。 そのトパーズの瞳が高耶を見つけて、ほっと緩む。 彼の主の想い人は、手を振って走り寄って来た。 「ごめんな。遅れて」 「いえ……それにしても、心配しましたよ。はぐれてしまって迷っておられるのではないかと。 そんなことになったら主に殺されてしまいます」 胸を撫で下ろしながら、彼はほっとため息をついた。 「総白髪になるかと思いました」 深い深い吐息に、高耶はあの金色の毛並みが綺麗なプラチナに変色したさまを想像して、 「綺麗じゃん、それ……」 小さく呟いたが、さいわい、それはハリには聞かれずに済んだようだった。 「さあ、帰りましょう。主がきっと心配して首を蛇のように長くしています」 使い魔はそう言って、少年を促した。 「ほんと、ごめんな。ちょっとはしゃぎすぎた」 高耶はぴょこんと頭を下げて相手を慌てさせたあと、その大きな籠を覗き込んで歓声を上げた。 「うわあ、すっげー!色々入ってる〜v 重そうだし、一個オレ持つよ」 言いながらハリの左手から籠を取り上げようとする。 「いえ、お気になさらず。慣れてますから」 主の想い人にそんなことはさせられない、と辞退する彼にも構わず、高耶は 「いいじゃん。持たせてよ」 と腕に取りすがった。 「……そうですか?」 おつかいおつかい★とでも言いたげにわくわくした顔で見上げられて、ハリは鉄の自制心をぐらつかせる。 「持たせて持たせて」 とどめとばかりに見上げられ、彼はやがて受けるであろう主人のお叱りにも目を瞑るよりなくなってしまった。 ―――この愛らしい妖精に目をきらきらさせてねだられて、勝てる人間はおるまい。(虎だけど)                                          (09/06/02)







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