シアワセノジョウケン
「一体、どーなってるんだよ !? 」 きいんと響いた叫び声に、金の髪、碧の眼をした木の精は人差し指を右耳に突っ込んだ。 「……俺に訊いても仕方がねぇだろう。知るかよ、そんなこと」 ようやく耳鳴りをやりすごして、彼は指を引き抜くと、肩をすくめた。 「最後に高耶に会ったのはお前だろ !? 本当に何も知らないのか !? 」 途端、再びの怒鳴り声に襲われ、彼は眉を顰めてそれに耐える。 「だから、俺は何にもしちゃいねぇよ。 あいつはいつもの奴に喚ばれて飛んで行った。それ以来、還ってこない。―――それだけだ。俺の知ってる範囲は」 「そんなこと僕だって知ってるさ! 聞きたいのはそのときの状況だ。 なあ、スリア。高耶は、自分の意思で行ったのか? 無理やり引っぱられたとかいうことじゃないのか?」 ようやく少し落ち着きを取り戻した相手は春の花の精。茶色っけの強い髪、暗褐色に近い黒の瞳をして、普段は 柔和なその顔に憤怒の表情を貼り付けたその少年は、高耶の親友として春の間以外はいつも傍にいる譲だった。 彼には春という存在季節が決まっているので、その時期には特に仕事が立て込むのだ。 オフシーズンはこうして妖精郷でのんびりしているのだが。 「いんや」 相手の必死さは重々承知しているが、スリアと呼ばれた木の精はゆっくりと首を振った。 「相手のたびたびの召喚にはうんざりだ、ってなことを言ってたが、何だかんだ言って楽しそうに行ったぜ。 決して強引に引っぱられたわけじゃねぇよ。 ―――でもなぁ、あいつ、還ってくるつもりだったのは確かなんだがな。俺がからかったのを、帰ったら締め上げて やる、って言い捨てて飛んでったから」 顎に親指をあてて首を捻る。 還る気でいたのに戻らない。けれど自分の意思で出かけたのも事実。 ……とすれば。 「―――何か、問題が起こったんだ」 譲は呟いて唇を噛んだ。 こちらへ戻って来られないようなことが起こってる…… まさか、怪我でもして動けないのか? それとも誰かに無理やり留められてるのか? ―――例えばあの人、お前にひどく執心の魔法師……? それでないなら、…… 「……」 ふとよぎった冷たい想像を振り払うように首を激しく振って、彼は強く目を瞑った。 僅かに開いた唇から、掠れたような声が滑り出る。 「――― 一体、向こうで何が起きたっていうんだろう……?」 「譲……」 スリアはそんな譲の様子を少し痛ましい瞳をして見ていたが、やがて、ふっと笑って肯いた。 「ここからじゃ何もわからねぇな。 ―――よし」 ばさっ 高耶のそれと同じ綺麗な緑色をした透けるような薄羽を背に現し、宙に舞い上がる。 「スリア !? 」 「行ってくる。喚ばれもせずに飛ぶのはちいっと厄介だが、しゃーねぇ。放っておいたら気になって眠れやしねぇからな」 少し眩しそうに太陽へ手をかざし、『道』を思念で織り上げてゆく。 異界との『道』を作るのには非常に高度な技術が必要とされるのだが、彼は驚くほど鮮やかな手並みでさらさらと空に 魔紋を描き、あっという間に光の塊にも似た『門』を築いてしまった。 「待ってよ。僕も行くにきまってるだろ!」 羽をはばたかせる気配を見せたスリアに、譲が慌ててこちらも羽を具現した。 ふぁさ 柔らかな紅の薄羽が空を掻いて、彼の体もふわりと浮かんだ。 「準備はいいか」 「大丈夫」 問うスリアに肯いて、譲は親指の爪を額にこつんと触れさせた。 「―――譲、」 スリアは『門』の向こうを透視して到着座標を見つけようと視線を強くしながら、声だけを向けて彼に再び問いかけた。 「喚ばれていないから座標が定められない。 向こうへは行けても、どこへ飛ばされるかわからん。高耶のいる場所へ直接着けるとは限らない。 ついでに掟破りの不法侵入だ。下手をすると厄介事になる。 ―――覚悟はいいか」 最後の台詞をかけるとき、ちらとだけだが相手に視線を戻す。 「構うもんか。高耶の方がずっと大事だ」 見返す花の精の瞳には何の躊躇いも不安もなかった。 ただ一念、親友の安否を気遣う強く純粋な想いだけが、その瞳を燃え立たせていた。 その頃、人間界のとある高台の邸の芝生を敷いた庭では、当の少年が、まさか自分の親友たちが危険を冒して自分を 探しに行こうとしているなどとは思いもよらずに、巨大な虎と戯れて体中を草だらけにして遊んでいた。 そして、そこへ二人の賑やかな訪問者が現れる ――― (04/03/02)