the voice



2 years later...



















 しばらくして、直江の肩の向こうから、少しだけ苦い響きを交えた声が掛けられた。

「―――そろそろ時間だぜ」

 顔を上げると、見覚えのあるレパードと、その傍らに佇んで煙草を咥えている金色のしっぽつきの男がいた。

「千秋……!」

 自分をどこまでも見守ってくれてきた、一番の友人がひらひらと手を振っている。

「千秋が私をここまで送ってくれたんですよ。彼には随分と借りができてしまった」
 傍らで直江がそう言って苦笑した。

 直江は千秋と一度、仕事をしたことがあった。
 その繋がりでこうして二人がともに高耶の前に姿を現すことになったのだろう。

「千秋……」
 ゆっくりと歩いてきた相手を、言葉もなく高耶は見上げる。
「ここしばらくのお前みたいなの、見てらんねぇ。自分の方が死にそうな顔しやがって。
 ―――だから、お節介とはわかってたけどな。ちょっと手ぇ回させてもらった」
 横を向いて片手で前髪をがしゃがしゃとかき回す仕草がくすぐったさを隠すためだと知っているから、高耶は笑った。
 笑って……また泣いた。

「ありがと……」
 それでもこれだけは言わなければならない、と、半ば歪んだ声ながら、精一杯の想いを込めて呟く。

「よせやい。あんな辛気くさい奴と一緒に居たらこっちが疲れるんだよ」
 やっぱりそんな風に嘯いて、ふと千秋はからかうような眼差しになった。
「で、どうなんだ。その格好、仕事ほっぽり出してきたんだろ?
 そこまでするってこたぁ、ようやく自覚症状が出てきたかい?」
 おかしそうにくっくと肩を揺らす彼に、高耶が真っ赤になって拳を固めた。
「うっ……」
 けれど紛れもない事実であるから、何も言い返せない。
 ただ唸るだけの彼を見て、相手は声をたてて笑った。
「は!図星ってか」
「〜〜〜〜っ!」
 全身の毛を逆立てた猫のような様子の高耶を直江がまあまあと宥めて、千秋に目をやった。
「……時間か」
「ああ。いくら俺様のスピードでも、これ以上遅くなったら間に合うように着くのは難しいぜ」
「……なに?」
 高耶が二人を交互に見比べたが、二人はそれぞれに目を逸らしてしまった。

 不安が押し寄せる。
 一体何を隠してる?

「何?なんなんだよ。何を言ってる、さっきから」
 直江の襟を両手で掴んで、詰問した。

 直江は一つため息を吐いて、目を閉じた。
 そして、ゆっくりとそれを開きながら、答える。

「そろそろ……飛行機の時間なんです」
「え?」
「こいつは今夜の便で外に出るんだ。中にいちゃあ、いくらなんでも危険が高すぎるからな。しばらくは」

 千秋の言うことは尤もで。
 けれどこのまま直江と別れてしまうことはもうできなかった。
 今、手を離したら、またどれだけ遠くへ……時間的にも空間的にも……行ってしまうかわからない。
 そんな不確かな未来に甘んじる気はなかった。

「……オレもついてく」

 高耶は即座にそう言った。

「オイ !? 」

 千秋の叫び声が響いたが、高耶は強い光を宿した瞳で続けた。

「もうとっくに決めた。さっき潮にバッジも渡してきたし、オレはオレとして行動する」

 直江と一緒に行く……どこまででも。
 直江さえいれば、他の事はどうでもいい……

「直江……お前には迷惑かもしれないけど、オレは退くつもりはないから。
 連れていってくれよ。なぁ、なお……」

 みなまで言わぬうちに、高耶は言葉を封じられていた。
 目の前に、伏せられた綺麗な茶色い睫毛がある。
 それを認識したころには、口腔に熱いものが入り込んでいた。

 突然のディープキスに、高耶の思考は完全に固まった。

 しばらく呆気にとられていた千秋が深いため息をついて額を覆うまで、濃厚な重なり合いは続き、ようやく直江が解放するまで高耶はその波に翻弄されるままだった。

「……よかった」

「な、にが」

「嬉しいんですよ……本当は攫ってでもあなたを連れて行くつもりだった。あなたが拒否しても掻っ攫うつもりだったんです。
 けれど、こうしてあなた自身が望んでくれた……」

「さらう……?本当に?」

 信じられない……それではまるで……

「この二年間、私の心を占めていたのはあなたです。いつも……いつでも、あなたがここにいた」

 こつん、と自らの心臓を指して直江が言った。

「あなたも同じ……と、思っていいんですね?」

 しばらく、硬直してその言葉を反芻していた高耶だが、やがて

「同じじゃねーよ」

と呟いた。

「同じどころじゃねえ。オレはなぁ、毎日毎日毎分毎秒、お前の心配ばっかしてたんだぞ。仕事も手につかないくらいにな。
 その上、セカンドキスとサードキスまで断りもなしに奪いやがって!
 ―――その責任、しっかり取ってもらえるんだろうな?」

 びしり、と相手の心臓を指して、彼は睨みつけるように鳶色の瞳を見つめた。
 その双眸がゆっくりと笑ってゆくのを見ながら。

「勿論です。しっかりきっちり責任は取らせてもらいましょう」

「はい、はいはい、そこまで!いい加減出ないとマジで乗り遅れるぞ」

うんざりしたように割り込んだ千秋の顔は、ひどく優しく笑っていた……




02/07/30



ちょっと、らぶらぶ??
千秋がうんざりしています。気の毒に。目の前でこれは、暑苦しいわ……
ま、描写はあっさり一行なので、許してもらいましょうv

さて、二人の愛の逃避行、決定〜★
次回でヴォイスはおしまいです。

ではでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。
ご感想などbbsにでも頂けると天に昇りますvv

このお話では「高耶さんがかっこよくなるように」を目標としました。アンケートにご協力くださった文助さまにささげます。




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Photo by : おしゃれ探偵