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the only one in deepen heart




















「オレはいいんだ……オレには何もしなくていい、放っておいてくれ」
 触れると喜ぶはずの場所に這わせた指を、高耶が外させる。
「あなたを愛することがいけないと言うんですか、なぜ?」
 自分を抱けと言ったはずの彼はなぜ愛撫を拒否するのだろう。

「オレが直江に気持ちよくしてもらったらだめなんだ。オレに優しくなんかしたらだめなんだ。オレは何もしてもらわなくていい、大丈夫だ。痛くなんかない……お前の痛みにくらべたら、こんなもの」
 高耶は直江の指先が胸に触れようとするのを首を振って避け、

「――― !? 高耶さんッ !? 」

 自らの指を、かたく閉ざされた場所へ突き立てた。

「やめなさい!高耶さん!何をするんです !? 」
 顔を歪めて必死に止めようとする直江を拒否して、高耶は自らを抉る。想像するだけでもどれほどつらいかしれない苦痛を、彼は唇を噛んでこらえながら続けてゆく。
「こんなもの、おまえの痛みにくらべたら!」
 叫びながら、彼は傷つきやすい内部を思い切り抉った。とうとう真っ赤な血が流れ始める。
「やめなさい!」
 直江は高耶の指を無理矢理引き剥がした。

 傷ついた場所から血の涙が滴り落ちる。
 そう、それは高耶の涙だ。自分を責めて責めて、こんなにして傷つけて、それでもまだ直江を傷つけた代償にはならない、と高耶は泣き続ける。

「直江……お前の長い苦しみをオレにぶつけて。言葉にしない怒りも、全部オレに返して……」
 高耶は言って、直江の首筋に吸い付いた。
 自分の知る限りの場所を、泣きながら愛撫してまわるのを、直江の強い手が無理矢理にやめさせる。
「直江……いやだ、続けさせて」
 いやいやをしてまた鎖骨のあたりに顔を埋めようとするのを、直江は許さない。がしりと両の手首を掴んで、痛みすら与えるほどきつく拘束する。
「あなたにそんなことはさせない。あなたが俺を愛してそうするのなら、こんな嬉しいことはないけれど、そんな風に泣きながら俺に奉仕するなんて……悲しいだけだ。あなたが自分を傷つけるなんて、俺にとっては苦しみでしかない」
 どうしようもなく悲しい瞳になって、彼は高耶の両手首を拘束する。
「オレは直江を癒したいんだ……直江が傷ついてるから、他にできることもないから、こうするんだ……」
 懸命にその手を振り解こうとする高耶を、直江は静かな声で打った。
「あなたは俺に負い目を持っているんだ。俺を傷つけたと思い込んで、だから償おうと、そういうことでしょう?そんなものは欲しくない。贖罪として体を提供するなんて、何の救いにもならない。自分の苦痛で俺に償うなんて、間違いだ」
「なお……」
 その声が静かで、厳しくて、そして悲しくて、高耶は目を見開く。
 涙で曇る視界に映った直江は、やはりひどく悲しげな顔をしていた。
「あなたは俺を愛したから、あの島で、抱き合うことを許したのでしょう?違いますか。例えば俺が二年前にあなたを手助けしたからその礼代わりに抱かせた、なんていうわけじゃないはずだ。
 俺だって、あなたの体をそんな風に欲したんじゃない。愛しているから抱きたかったんだ。いいえ、抱かなくてもよかった。あなたがすぐ傍にいてくれたらそれで充分だった。
 俺はあなたに何かの代償としての体を求めようなんて思わない。そんな風に提供された肉体など欲しくない」
「なお……え」
「今だって同じだ。あなたは俺に体をくれようとする。けれどそんなこと、あなたは決して喜んでいない。あなたは俺と抱き合うときの快楽を自分に許していない。一方的に俺に奉仕しようと体を投げ出しただけだ。そしてその体に傷を付けろと、そう言うんだ。
 そんな交わり、俺には要らない」

 直江は長いため息とともに、呆然としている高耶の手を自由にしてやった。

 何の言葉も紡げないその体を丁寧に横たえて、自分は身を離す。
「あなたが本当に俺を欲しいと思うようになるまで、こんな悲しいことはしないで。ゆっくり、心を休めて」
 そっと額にキスを落として、直江の体が離れてゆく。
「なお、え……どこ、行く……」
 先ほどまでよりもいっそう傷ついてしまった大きな背中が扉へ向かうのを見て、ようやく高耶が唇を動かした。
「どこ、と言っても、この家の中にはいますよ。どこへも行かないから安心して」
 直江は振り返って微笑んだが、その笑みはひどく影が薄かった。
「傍にいると却ってつらいようだから、傷を手当てしたら俺は他の部屋にいきます。ゆっくり眠ってください。
 朝になったら起こしにくるから。小太郎と一緒に散歩に行きましょう」
 直江は言って扉を開いた。

 その背を見つめていた高耶が―――ふいに震え出した。
「いや……」
 蒼白になって、傷だらけの背中を凝視し、彼は掠れた声を喉から搾り出す。
「いや、いやだ、なおえ、行くな……!」



行ってしまう。
癒すつもりでいっそう傷つけてしまったあの背中、
今離してしまったら、もう二度と戻ってこない。

直江がどこかへ行ってしまう。
怖い。
直江がいない。
直江のいない世界。
またオレは直江を忘れて、直江のいない世界に目覚めるのか。

怖い……

怖い、怖い、怖い―――!


03/12/23



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そして欠環15です。
痛い……

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