the missinglink




the only one in deepen heart




















 やがて、家へ戻ってこない高耶を探しにきた直江が、仲良く寄り添っている一人と一頭を見つけて微笑んだ。
「夕日はきれいでしたか?」
 既に海の向こうへ沈んでしまった太陽の残照を見やって、直江は腰を上げて砂を払っている高耶へ声をかける。
「うん……小太郎と一緒に見てた」
 尻を払ったあとで手についた砂をパンとはたいて、高耶も同じ方向へ目を向けた。
「仲良くなったんですね。もう怖くはないの?」
 身を寄せてくる黒い獣を指先で撫でながら、直江は高耶へ問う。
「そうだな……内緒話してたんだ」
「内緒話?私に内緒ということですか?寂しいですね」
 くすり、と笑った高耶に、直江が冗談めかしてそう言うと、相手は少し首を傾げてから、
「……ん、隠すほどのことじゃないか。直江をよろしくな、って挨拶してたんだ。オレ、そろそろ現場に復帰しなきゃ」

 ぐーっと体を逸らして節々を伸ばしながらの言葉に、直江が一瞬押し黙った。

「……特捜へ戻るんですか」
 少しの間を置いてからの問いかけに、
「ああ。長いこと世話になったな。ありがとう」
 高耶は言って、僅かに笑いを浮かべると、海を向いた。

 直江がその背を見て、息をのむ。

 白い背中。
 あの島で、自分がとうとう抱きすくめずに終わった、羽の生えた背が、そこにある。再び。

「……行かせない!」
 直江はその背を抱きしめた。後ろから両腕を回して、相手を窒息させる勢いできつく抱きすくめる。
「なおえ……っ」
 その腕の中で、高耶が暴れる。けれどそんな動きは封じ込めるほど直江の腕は強く、本当に骨が折れるのではないかと危ぶむほどだ。
「行かせない、もう二度とあんな思いはしない!二度ならず三度までも指をくわえて見ていられるものか……!」
 直江は狂おしく叫んで、いっそ絞め殺してしまおうかというように腕を締め続けた。
「だめ、だ……なおえ……」
 高耶はその腕の中でもがき、苦しげに言葉を搾り出す。
「何を言っても俺はこのままあなたをさらいますよ。二度と離れない。閉じこめてでも手元におく!」
 直江は相手の言葉も奪ってしまえと腕を締める。
「そんなの、なおえには、不幸な、だけ……」
 高耶の瞳がうるんだことを、直江は知らない。
「不幸ですって?とんでもない。あなたをこの手から失ったときの気持ちほどの不幸は他にない!」
 全ての悲しみと怒りをぶつけるようにきつく抱きすくめる彼に、高耶の瞳から熱い涙が溢れ出した。
「なおえは、オレのせいで……とんだ、貧乏くじ、ばっか……り……」

「高耶さん?」
 高耶の声が歪んでいることに気づいて、直江が訝しげな瞳になる。
「オレのせいで、怪我して、そんなに痩せて……!もう、自由に、なってくれよ……もういいから……っ」
「高耶さん!」
 直江は高耶の言葉の意味に気づいた。
「まさか、思い出したの?いつから!どうして黙っていたんです!」

 直江は背後から抱きしめる形になっていた相手をぐいと反転させて、その瞳を見つめた。
 何よりも愛しい漆黒の瞳は、熱い涙に濡れて薄闇の中も光っている。
「違う!オレは何も思いだしたりしてない!オレはもうお前の知っている高耶じゃない!」
 高耶は顔を見られまいと必死になって背け、喚くように叫び続ける。
「何を言っているんです !? あなたはあなただ。どんなあなたでも、俺にとってはたった一人のあなただ!」
 背けようとする顔を無理矢理戻させて、直江は高耶の両頬を手のひらで包んだ。包むというよりも掴むというほど、強く。
「オレはお前のことを忘れて、一人だけ元の暮らしに戻ってのうのうと時を過ごしてたんだ!お前がオレを探してくれている間も、何も知らずに暮らしてた。お前がオレを庇って怪我したときも、オレはぴんぴんして日常に戻ってたんだ。お前が……お前がどんな思いをしてるかも知らずに、大事な思い出を全部忘れて、全くの他人だと思って、一人だけ楽になって……」
 きつく目を閉じて、閉じた瞼から熱い涙を滴らせながら、高耶は叫び続ける。
「何を言うんです!俺があなたを諦めきれずに追いかけていただけでしょう?あなたは俺のことなど忘れて真っ白な状態から生きたほうがずっと幸せなのに、それなのに俺はあなたを解放してあげられなかった……あなたに干渉して、不安定なあなたの心に揺さぶりをかけて、思い出さずに済むものを思い出させた。何もかも、俺のエゴで!」
 直江は狂おしく叫びながら、きつく相手を抱きしめた。
「嘘つき……!オレが危ない目に遭ったから庇ってくれたんだ。オレがあのままお前を思い出さずに過ごしたら何もせずに見守ってくれたくせに!直江は優しいんだ……優しすぎるくらいに。お前こそオレのことなんか見限って元の自由を手に入れられたはずなのに、こんなオレのために心をすり減らして……こんな薄情な奴を見守り続けて……」
「俺があなたを諦められなかったんです!あなたを愛しているから、俺があなたを離したくないから、何もかも俺のためだ……俺自身のためなんだ」
「どうしてお前はそうなんだ……どうしてもっと楽に生きないんだ、オレなんかを一生懸命追いかけて……こんな厄介な立場にいるくせにお前を好きになってしまった罪深いオレを!」
「罪深いのは俺です!血まみれの手で、住む世界の違うあなたを奪って、俺が諦めればあなたは自由になれるのにそれもできないで……自分の想いだけであなたを追いつめて、こんなにも怯えさせてしまった……記憶を消されるなどというひどい恐怖をあなたに経験させた……何もかも俺のせいで」
「お前のせいなんかじゃない!オレがお前の心に追わせた傷にくらべたら、そんなもの何でもない!オレのせいでお前はこんなに痩せてしまった……あんなにも悲しい微笑を浮かべさせた。オレなんかに関わったせいで、お前は一生を狂わされたんだ……ッ」

 決して自分の手を相手の背に回そうとはせずにきつく拳に握りしめ、高耶は血を吐くように叫ぶ。

「もう何も言わないでいい!黙って!それ以上悲しいことを言わないで!」
 その慟哭を聞いていられない、と直江が叫ぶのを、高耶は激しく首を振って拒絶する。
「お前の方が何倍も悲しいんだ……オレの痛みなんて何でもない!お前の苦しみにくらべれば、オレなんか―――」

 ドッ、と、直江の拳が高耶の鳩尾を抉った。
 くたりと崩れた体をきつく抱きしめて、直江は何度も何度も囁き続ける。

「もう何も言わないで……俺が勝手にあなたを愛しているだけだ……愛してる……愛してる……あいして……」


潮風に嬲られながら、二つの影は長くそこに佇んだ。



03/12/21



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そして欠環13です。
泥沼……

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