the missinglink




the only one in deepen heart





















 友人の指示はひどく簡潔なものだった。
 飛行機が現地に着いたらこの村へ行け、そうしたらお前の面倒を看てくれる人間が迎えに来る手筈になっているからと。
 合い言葉も何も必要はない、見ればすぐにわかるはずだ、と友人は言った。
 自分はその指示通り、この漁村までやってきたのだが、見たところほとんど人の気配がない。いわゆる過疎の村という状況であるらしい。自分を迎えに来る筈の人間らしい姿はまだ、見られなかった。

 ぼーっとしていても仕方がないので、少し歩いてみることにした。この村は海に面しているから、海岸を散策しようと決めて、海の方へと歩き出す。
 程なく、視界が開けた。
「夕焼け……」
 松林を抜けて目に映ったものは、一面の金色だった。

 海も、空も、境界がなくなる。金色に溶ける。
 見渡す限りの金色。
 ちぎれ雲も金色。
 渡り鳥の影も金色。
 たぶん立っている自分も、金色に染まっているのだろう。

「焼ける……」

 ふと、口からこぼれた言葉がある。

「熱い……」

 夕日に溶けてしまいそうだ、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
 溶ける。
 そう、金色のシルエット。そのまま夕日に溶けてしまいそうな、シルエット。

「いつか、見た……?」

 そんな誰かのシルエットを、見たことがある。

「男……大きな体をして……」

 夕日に逆光になって、顔が見えない。誰だ。誰なんだ。

「……空と……海と……金色の中……」

 広い広い世界に、おまえだけがいる。

「微笑んでる……?オレに向かって手を差し出して……」

 ふいに、唇が熱を持つ。
 なぜか、まるで何か熱いものに触れたかのように、じんと唇が熱くなる。

「あ……」

 金色に溶けながら、唇を重ねたのだ。あのとき。自らのびあがってくちづけたのだ。

「覚え……てる」

 その唇を覚えている。

 最初は、忌むべき相手によって穢されたのを癒してくれた。そして二度目は再会の喜びを伝えてくれた。
 ―――そして三度目。
 あの金色の光の中に溶けながら、愛してるを伝えてくれた。

 ―――愛してる……

 声が聞こえる。

 あいしてる。この身を分かたれるくらいならいっそ死んでしまいたい。
 あいしてる。あいしてる。

 あいしてるよ、なおえ……


「なおえ……なおえっ……直江なおえなおえぇぇ……っ!」
 迸る思いが記憶の壁を突き破った。



 高耶はようやく取り戻した記憶を、奔流のように回顧する。

 間違い電話という偶然の出会い、長い夜、そして二年の空白を経ての再会。
 そして―――『脱走』して駆け落ち。
 誰にも邪魔をされない地上の楽園で、二人、初めて心と体を結んだ。脆い、幸せの時間だった。
 しかし今は、こうして離ればなれになっている。
 それはすべて、高耶自身の行動の結果であった。彼は短い蜜月ののち、自ら特捜へ帰還したのである。愛した男をおいて、一人、元の場所へと戻ったのである。
 何もかも、相手を愛したがゆえ。このまま果てのない旅を続ければ、いつどこで悲劇的な結末が待ち受けているか知れない。一方は裏の世界でも名の知れた、賞金首の男。そして他方は、特捜という組織を無断で逸脱し、永久に終われる身。
 そんな二人がともにいて、何も起こらぬはずがない。いつか破滅の時がくる。
 だから、高耶は別れることを選んだ。たとえ共にいられなくとも、同じ世界に生きていようとした。自分が男にくっついていれば足手まといになるだけでなく、彼自身に要らぬ尻尾がくっついてきて男の邪魔をするから。自分が男の側にいるというだけで、男によけいな危険を招くから。

「だから……」

 一ヶ月もしないうちに、男から去ったのだ。振り返れば男がどんな顔をしているか怖くて、一度も振り返らなかった。
 きっと傷つけた。何も言わなかったけれど、納得なんてしていなかったはずだ。彼はどんな顔で自分を見送ったのだろう。愛してるなんて言っておいて背を向けた自分を。

「振り返ったりしたら……二度と前へ進めなかった」

 自分は泣いていたのだ。震えたら見破られてしまうから、微動だにせず涙だけを流した。そんな顔でどうして振り向いたりできたろう。そのまま抱きしめられ二度と離してはもらえなかったはず。

「でも、結局は」

 こんなことになってしまった。自分は特捜で記憶処理されて直江を忘れた。直江に再会しても直江を知らなかった。他人を見る目であいつを見た。
 オレに忘れられて、あいつはどんな思いだったか。

 先日会ったばかりの直江を思い出して、高耶は血のにじむほど唇をかみしめた。

 ―――あんなにやつれて。
 あの背中はあんなにも細かったろうか。まるでそのまま背に翼を生やして遠くへ飛び去ってしまいそうだ。
 あの瞳はあんなにも寂しく微笑むことができるのか。

 ……全部、オレのせい。オレはお前を忘れて、他人だと思って、あんなに愛し合った男に見知らぬ目を向けた。大切な思い出をすべて忘れて、赤の他人だと思って。
 オレがお前にあんな顔をさせる。あんなにも苦しげな背中にさせる。
 オレがお前を……傷つけた。
 オレがお前を苦しめる……―――!


 高耶は両手でこめかみを押さえ、声なく慟哭した。



03/12/09



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そして欠環10です。
このへんからますます暗く重くなるので、そろそろダークサイドに持って来ようということで、こちらへ飛んできました。
高耶さん、夕日を見てようやく思い出したのですが……

お付き合いくださってありがとうございました。
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