the
secret

of

the emerald




 広間の端に揺れる重厚なカーテンの向こうには、白い石造りのバルコニーがある。男はそこでシャンパンを待っていた。
 やがて、静かな足音と共に給仕が姿を見せると、彼は相手にこちらへ来るよう合図した。
 重たげな真紅のカーテンをすり抜けてバルコニーへ出た青年は、慇懃な物腰はそのままに瞳の色だけを変えて相手を見た。

「奇遇ですね、宝さん」
「ほんとにな。ここで会うとは思わなかったぜ、義明さん」

 もし二人の様子を遠目に見る者があったとしても、彼らが旧知の間柄だということに気づくことはないだろう。傍目にはパーティの賓客とただの一給仕にしか見えない動きでありながら、彼らは瞳だけで十二分に意思の疎通を行っていた。

「お待たせいたしました。最高級のシャンパンでございます」

 簡単に挨拶を済ませると、青年は現在の『仕事』に戻ってグラスを差し出した。男は鷹揚に頷いてグラスを受け取ると、もう片方を目顔で相手に勧めた。

「いえ、僕は勤務中ですので」

 無論、いくら客の勧めであるといっても給仕はそれを受けることはできない。微笑を浮かべたまま首を振る青年に、男は僅かに目を細め、一息にグラスの中身を乾した。

「いかがでしょうか」
「これではまだ、極上とはいきませんね」

 空になったグラスをバルコニーの手すりに置いた男は、もう一方のグラスを手に取り、思わせぶりに青年を見つめる。何か企んでいるときの目つきだとすぐに気づき、青年は微笑んだ唇の端をさらに吊り上げた。

「『極上』というのはね―――」

 男はグラスの中身を口に含むと、青年の顎を捉えて引き寄せながら自らも腰を折って顔を寄せた。
 口移しにして与えられた極上のシャンパンの芳香に酔い痴れながら、口づけは深くなってゆく。青年の手から危うく滑り落ちそうになったトレーを取り上げた男は、相手の腰を引き寄せて強く抱いた。


「これで、『極上』になったか?」

 離れた唇の間に落ちた小さな吐息と共に、青年がその艶やかな黒の瞳で相手を見上げる。

「ええ。この上ない美味です。ご馳走様でした」


 思わせぶりに唇を舐めて微笑む男は、そんな仕草も色香に溢れていて、相手はしっとりと濡れた瞳を眇めるようにして見上げながら男のうなじを甘く引っ掻いた。

「なんだ。もう『ご馳走様』か?」

 そんな筈はないだろう、と瞳が笑う。男は瞳の奥に金色の光を宿したまま、蠱惑的な笑みを浮かべる唇を指の先でなぞった。

「ひとまずは、ね」

「生憎、この通りオレは仕事中だけど?」

 体を離した二人は、元通り『給仕と招待客』の距離に戻り、青年は男が持ってくれていたトレイを正しく持ち直した。
 空になったグラスを受け取ってトレイに載せ、きっちりと美しい位置に並べる様は熟練の給仕の姿である。
 その佇まいを愛でるように目を細めた男は、極上の微笑みと共に囁いた。

「俺は今夜から体を空けておきますから、片が付いたらいらっしゃい」


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07/12/25



給仕が招待客に口説かれるの図(笑)
「the cruise」から進歩していない気が……。
このテのシチュエーションがとことんツボのようです。


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[ the secret of the emerald ]



Image by : Another Heaven