その週末、皇居から首都高速を隔てたところに位置する某国大使館では、キリスト生誕祭のパーティが華やかに催されていた。
次々とアプローチに滑り込む大型のハイヤーは礼装に身を包んだ招待客たちを吐き出しては走り去る。そんな光景がしばらく続いてのち、珍しく運転手ではなく自らがステアリングを操ってやってきた一台から、男が一人、降り立った。
とろけるような深みのある黒の礼装に包まれた肢体は、惚れ惚れするような欧米人体格である。髪の色も亜麻色とでも形容されるような淡い色彩であるが、顔立ちにはオリエントの気配も同在しており、白い手袋に包まれた手から車のキーを受け取ったセキュリティ要員はしばし、男の国籍に想像を巡らせた。
白亜の門をくぐると、長い廊下は深紅の絨毯で一分の隙もなく覆われ、招待客の足を優しく押し包んだ。磨き上げられた男の革靴も音もなく沈み込む。
その気になれば大理石の床を疾走しても物音一つ立てない男だが、この絨毯なら素人が普通に歩いても足音を消し去ってしまうだろう。ごく普通の足取りで歩く男の靴も、何ら物音を生み出さなかった。
廊下に並ぶ扉は何れも堅く閉ざされており、その前にはいかめしい顔付きのガードが一人ずつ、規則正しい間隔で立っている。そしてさらに数人ごとに一人の割合で、こちらは対照的ににこやかな大使館関係者が道順を示すように片腕を横へ差し出している。
そんな長い廊下の中央を鷹揚な足運びで進むのは、国際色豊かな招待客の面々だった。それぞれが国の正装を纏っているものだから、質実剛健を絵に描いたようなこの大使館の中には不似合いな程の色の氾濫がそこにある。
目の覚めるような南国の色彩、複雑な紋様を縫い取った金糸銀糸、あでやかな本振袖、その間にちらほらする深い黒色の礼装。
派手な衣装の間にひっそりと溶け込みがちな黒のタキシードも、この男が纏えば決して存在感を失うことはない。
その胸元には、瞳の色に合わせた琥珀ではなく、深い碧色の石が艶やかに輝いていた。
ただ一点の緑を除けば明かりのない夜の如き黒衣は、男が歩を進めるたびに優美な皺を生み出しては溶けてゆく。
その姿にふと目を留めた者は例外なく視線を奪われ、亜麻色の髪と瞳、白い肌でありながらどこか東洋の血が窺えるその容貌に、純粋な好奇心を募らせるのだった。
*
「―――君、シャンパンを持ってきてくれたまえ」
背後からかけられた声に、一瞬仕事を忘れて瞳の奥を揺らした青年は、すぐに完璧な給仕の仕草で体ごと振り返って、賓客に対する慇懃な微笑みを返した。
「はい、直ちにお持ちいたします」
「よろしく頼む。私はあのあたりに移るから。忘れないでくれたまえ。二客だよ。極上を二客」
「かしこまりました」
07/12/24
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