真夏のヘンゼルとグレーテル
「なんでオレが今日誕生日だって知ってるんだ!?」 思いがけない台詞に叫ぶと、相手は笑みを深くした。 「やっぱり、そうでしたか」 ―――腹立たしいことに、どうやら鎌をかけられたらしい。 「半分は観察、半分は勘です。先ほどあなたは誕生日ケーキのあたりをじっと見ていらしたでしょう。誰かの誕生日のために買おうかどうか迷っているという風ではありませんでした。となれば、ご自分の誕生日ではないかと。自分のためにケーキを買うというのは、躊躇うものです」 「で?それで、食わしてやろうと思ったわけか?―――同情なら御免だ」 カッとしてもう一度ドアノブに手を掛けると、今度はその手に手のひらを重ねられてしまった。 服越しにも優しかったあの温かさが、今はじかに皮膚を伝わってくる。手に他人の手を重ねられているというのに、それも男の手だというのに、決して不快ではない。 「そういうことではありません」 静かな声も、陽だまりのような温かさだった。その温かさが却って胸を締め付け、 「何が違うんだよ?オレが意味ありげにケーキを見てたから、恵んでやろうってことだろ?オレじゃなくて他の誰かが同じことをしてたら、そいつに声をかけたんだろう?」 口をついて出た言葉はおかしかった。自分でも何を言っているのかわからない。 「違います。私はあなたが来るのを待っていたんです」 ―――男の返答も、おかしな台詞だった。 「何だよ、それ……?」 「ですから、理由を話してもあなたには信じられないだろうと言ったでしょう。―――私は、あなたが来るのを知っていたんです。だから、こうして店を開けて待っていたんですよ」 男は千里眼の持ち主であるかのような台詞を吐いて、また悪戯っぽい笑みを浮かべた。 そういうことにしておいてくださいな、と言うように。 「ケーキ屋の次は新手の宗教かよ……」 いずれにしても、男のそんな笑みがオレの中の拘りを霧散させた。だからオレはそんな風に嘯いて、ため息をついてみた。 | . |