神刻 ・ ・ ・聖夜



                                    もしも聖夜に願い事が叶うなら。

                                                       望みは一つ。




今夜はクリスマスイヴ。

どこも赤と緑に彩られ、人々が楽しげに行き交う。
ケーキ屋のショウウィンドウに見入る子供たち。おもちゃ屋へ入って大きな箱を抱えて出てくる親たち。
仲良く手をつないで街路樹のイルミネーションを見上げる恋人たち。
誰も自分たちの世界に浮き足立って、周りなんて見てはいない。
そして、その放つオーラが意志とは関係なく互いに干渉しあって醸し出される、心地よいくらいに明るい空気。
―――けれど、そのうきうきした空気も街の喧騒も、オレを動かすことはなかった。

オレの心は凍てついたままだった。
あの瞬間から、すべてを停止していた。
一ヶ月前の、最後のときから。

最初の特攻として、フィリピンの海に散った男。
残されたのは果たされない約束と、オレの中に刻まれた消えない軌跡。
最も深いところに刻まれたあの存在。その言葉。声。瞳。何もかも。

今でも耳元に甦る。
高耶さん―――
びろうどのような、滑らかで優しい声が。オレを呼ぶ……

ただ、それだけだった。
オレは一月の間、自分を呼ぶあの声だけを聞き、自分の底に刻まれたあの存在だけを見つめていた。
幻だけを見つめて時間をやり過ごしていた。
他の何ものも、オレに干渉することはできなかった。
周りの人間はそんなオレをひどく心配して、何とか元気を取り戻させようと躍起になったけれど、オレは満たされなかった。

求めるものはたった一つ。
オレを生かすのは、たった一人。

直江……





―――今夜はクリスマスイヴ。

オレは最初に出逢った場所へ来た。
聖夜を過ごすのに、ここ以上の場所は思いつかなかった。

大きな銀杏の木の下。
二人で並んで腰を下ろしたその根元に、座り込む。
あのときと同じように、星が綺麗だった。
凍てつくひやりとした風の向こうで、燦然と煌く星……。
夜色したドームに張り付いて、宝石のように輝く。
降るような星空。

―――星の綺麗な夜ですよ……忘れないで……

見上げているうちに、流し続けて枯れたはずの涙が再び襲ってきて、オレは立ち上がった。
参道の中央に立って、上を向く。涙が落ちてこないように。
星にのまれるまで。
首が凍るまで。

あのときと同じように。


そして―――

諦めて首を元に戻して痛みに顔をしかめたとき、あの感じがした。
そう。
あのときと同じ……誰かの気配を、感じた。

でも、振り返らない。

きっと、嘘だから。

期待なんてしない。

裏切られたときの悲しみが、つらすぎるから。

だから、振り返らない―――


ざくり、とではなく、じりじりと音がした。
それは石段を踏む音。
靴底と石の上に挟まれた砂粒が、たてる音。

―――生身の人間がいる。

じり、という音が段々大きくなり、やがてざくりという音に変わった。

境内の白い砂を踏む音。
あのときと同じ、音。


そして―――



―――『こんなところで、どうしたんですか……』―――




... fin.


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