神刻 ・ ・ ・聖夜
あの腕が、後ろからオレを抱きしめた。
今度は確かに温かい。
生身の直江が、ここにいた。
「嘘だ」
オレは呟く。
「本物ですよ……私です。直江です」
「お前はとっくに……いなくなったはずだ」
「ここにいますよ。生身の人間として、今度こそ。―――こちらを向いてください……」
「信じられない」
オレは頑なに前を向いたままでいた。
後ろをふりむいたら消えてしまう夢を、何度も見てきたから。
今この瞬間が、オレの作り出した幻想だったとして、何の不思議があろう。
だから、オレは振り返らない。
幻想でもいい、せめて一瞬でも長く、浸っていたいから。
「信じて。俺はここにいます。体温を持った、俺がここにいます。
俺を見てください。あなたの瞳で、見てください。そうすれば、俺は確かに存在するものになる。
あなたの瞳にもう一度出逢うために、俺はここにいる。見せてください。夜より漆黒の、あなたの瞳を。
こちらを向いて、高耶さん……」
……たかやさん……
高耶さん、と、あの声が呼ぶ。
びろうどのように滑らかで優しい、あの声が。
幻想は、こんなに温かじゃない。
オレの心が作り出した幻なら、こんなにリアルじゃない。
―――なら?
ゆっくりと、首をめぐらせる。
目に入るのは、黒いコートの胸。
長い首。
すっきりと締まった顎。
形の良い、薄めの唇がほころんで……。
鼻を確認する前に、相手が顔を寄せてきた。
「―――っ―――」
間近に、瞳―――
探し続けた、澄んだ鳶色の瞳が、そこにあった。
オレはようやく、相手の首にかじりついた。
「なおえ―――!」
それは、神の時。 ――――――――――――神刻――― 聖夜の奇跡。
... end
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