Cherry,
Cherry,
Cherry!




















 抱き合って眠る(片方は目を覚ましているが)二人の男をしばらく何とも言えない顔で見ながら紫煙を吐き続けた金髪のホストは、やがて無言で立ち上がり、手土産だけを冷蔵庫に放り込むと、去っていった。
 軋むドアが閉ざされ、革靴のカンカンいう足音が遠ざかると、六畳一間には再び、一人分の寝息だけが響く。


 自分のシャツの胸元を握りしめて無心に眠っている青年を、男はその後もずっと見守っていた。
 先ほど青年の友人に指摘されるまで気づかなかったが、確かに青年は立派な男で、自分も男性である。男同士で一緒に、それもここまで密着して眠るというのは、よく考えれば極めて珍しい事態ではないか。恋人同士ならいざ知らず、自分と青年はそういう仲ではない。かなり気に入ってはいるが、あくまで友人同士だ。それにも関わらず、自分はこの青年とこうして眠るのを、決して不快に思っていない。肉親でもあるかのように、自然に寄り添っている。
 不思議なことだ。自分は厳しい家風の家に育ち、肉親であってもこうして身を寄せ合って眠ることはなかった。けれど今、まったくの他人である青年とこんなにも仲良く布団をシェアしている。幼さの残る寝顔を、慈しむ気持ちで見守っている。自分は相当この青年を気に入っている。
 歳の離れた友人というものは、いつでもこんなにもかわいいものなのだろうか。

「なおえ……」

 額にかかっている前髪をサイドへ撫でつけてやったとき、青年がまた男の名を呼んだ。
 男はそれを耳にして、唇を綻ばせる。例えようもないほど柔らかで愛しげな微笑みを浮かべた彼は、誰が見ても立派に『愛情』と呼ばれる表情をしていたが、本人はまるで気づいていなかった。
 彼はもう一度髪を梳いてやろうと指先を差し込んだが、

「……ぁ……」

 寝言にしては奇妙な声が青年の唇からこぼれ、はっと手を止めた。
 否、寝言としては普通だったのかもしれないが、その吐息は男の耳には妙に色っぽく響いたのである。
 一体どんな夢を見ているのか、と、男は固まってしまう。
 自分の名前と、喘ぎ声のような吐息。
 ―――まさか夢の中で自分は彼に何か無体なことをしているのだろうか。

「高耶、さん……」

 そういう気で見てみると、さっきまでは無心に見えた寝顔がどこか悩ましげにすら見えてきて、男はますます困惑した。離れたほうがよいのだろうか、と思って身を後退させたが、青年の手はやはりシャツをしっかりと掴んだままだ。

「なお……ぇ……」

 青年は男の葛藤も知らず、またその名を呼んだ。僅かばかり広まった距離を感じ取ったのか、体温を恋うようにすり寄ってくる。心なしか艶を増したような唇がまるでキスを待っているようだと思い、……


 気づけば男は青年の唇を塞いでいた。


「……っ!」

 ほんの一瞬で正気に戻って顔を離した男だったが、一体今の衝動は何だったのだろうかと頭を抱えた。その傍らで青年は相変わらず気持ちよさそうに眠っている。

 ……意識のない相手の唇を奪ってしまった。それも、客でも恋人でもない純粋無垢な一人の男の子の唇を、勝手に奪ってしまった。
 こんなことは、これまで生きてきて初めての経験だ。お互い納得ずくの行為ではない、全くの一方的な衝動。
 俺は彼に邪な気持ちを持っているつもりはなかった。それなのに。

「……そういえば、しばらくご無沙汰だったな」

 突然の衝動を、溜まっていると思われる性欲のせいにして、男は深いため息をついた。
 男はとびきりもてる割には淡泊なたちで、客と付き合う場合も滅多にベッドを共にすることはない。夕べの客にも言ったとおり。彼の常連客は彼が滅多に誘いに乗らないことを心得ており、誘いをかけてくることは少ないのだ。ここのところは連日のように仕事が詰まっていたため、トータルコースは受けていなかった。

 それにしても、ただの寝言に煽られて男の子にキスしてしまうとは。しかも相手の了解もなしに。

 男のため息は尽きる気配もなかった。




 時折悩ましげな吐息をつく青年を懐に抱いたままの男の堂々巡りの思考は、やがて中断された。
 七時を指すと共にピピピピピと鳴り出しためざまし時計によって、青年は眠りから引き戻されたのである。
 目を閉じたままうーんと唸った彼は、ゆるゆると瞼を上げて、そこで固まった。

「おはようございます、高耶さん」

 視界一杯に広がるイイ男の微笑みに、青年はしばらく現実世界を放棄したらしい。

「オレ、まだ夢の中か……」

 ふにゃっとした声でひとりごちた彼だったが、生憎と現実は彼を眠らせてはくれなかった。

「いいえ、夢じゃないんですよ。私です。直江です」

 夢のように綺麗な顔をした男が首を振る。

「えー、だって直江がうちにいるはずないし」

 しかし青年はやはり取り合わない。夢だ夢だ、とほんわり笑って、男に抱きついた。

「高耶さん……」

「夢だからいいよな」

 厚い胸板にぴったりとくっついて両腕を背中に回し、ごろごろと懐いてくる青年がふざけているのか本気で懐いているのか、男には見当がつかなかった。
 いずれにしても彼がまだ夢の中であることに変わりはないので、男はなされるがままになり、相手の背中を撫でてやることにした。


05/3/25



直江さんご乱心の巻(笑)
この期に及んでもまだ自覚していない彼、キングオブザ鈍感と呼んでもいいような気がします。(勿論カタカナ英語の棒読みで。)

読んでくださってありがとうございました。
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