Cherry,
Cherry,
Cherry!




















 狭い路地が連なる一角にはおよそ不釣り合いな、上等のスーツとコートに金色の長髪を流した男が、手みやげらしき包みを提げて悠々と歩いていた。
 早朝のことである。見るからに水商売の香りがする出で立ちのその男は、しかし、道路を掃いたりごみを出したりしている早起きの住民から奇異の眼差しを受けることはない。三日とあげず友人のもとへやってくる彼はこの辺りでは既に顔なじみとなっており、その人当たりのよい会釈に近所の人々もにこりと笑い返すのだった。

 さて、友人の住まいである古アパートの鉄階段をカンカンと靴音をたてながら上っていった彼は、慣れた様子で合い鍵を鍵穴に差し込んだ。


(―――さて、恋する少年は今日はどうしていますかね)


 内心の独り言は、数日間連絡のない男を心配して塞いでいた友人を思ってのものである。元気づけてやろうと思い、珍しく手みやげなどを持参した彼だった。
 音もなく軋んだドアを引っ張り、中へ一歩踏み込んだ彼は、そこに妙に存在感を溢れさせて鎮座している大きな革靴に目を留めて、しばし固まった。目の肥えた彼が見ても上等だと認めざるを得ないその靴は、明らかに友人のものではない。ごく普通の学生である彼の身分を考えれば、その友達のものとも考えにくい。おそらくは、ずっと年上で高いステータスの持ち主のものだ。
 この狭い家は玄関からほぼ全面が見渡せるのだが、六畳一間に敷かれた布団の盛り上がりが、どうやら一人分ではない。


(まさかな)


 内心でまたも呟いて、彼は狭いスペースにどうにかこうにか自分の靴を脱ぎ捨て、中へ上がり込んだ。

 そして彼は、一つ布団に仲良く収まっている長身の男二人と対面することになる。

 片方はこの部屋の主。見慣れた寝顔だ。そして、もう片方は―――

 ここのところいやというほど話題に上っていた、件の超一流ホストに間違いない。貴族的な容貌を壊さない程度に甘さを添えた、すこぶるつきのイイ男だ。
 こちらは既に目を覚ましているが、なぜだか高耶の傍を離れようとせずにそのまま寝顔を見守っていたらしい。


「千秋さんですね。はじめまして」


 人差し指を唇の前に持ってきて声のトーンを下げさせると、男は千秋に向かって小声で挨拶してきた。明らかに男の方が年上だが、きわめて礼儀正しい口調である。ただし、布団に入って腕に青年を抱きしめた格好はちぐはぐだったが。

「お前さん、『直江』だな?」

 そっと足音を殺して畳の上を歩き、友人の傍に膝をついた千秋は、無防備に寝顔をさらして男の懐に収まっている友人を黙って見下ろしたが、すぐに顔を上げて男を見据えた。

「そうです」
「何でこいつと一緒に寝てるんだ?見たところ、禁断の愛を全うしたって感じでもねーが」

 男も友人も一つ布団の中ではあるものの、きちんと着衣している。そこかしこに刻まれた皺のせいで寝乱れた感は隠せなかったが、しかしそれは眠ったことによるごく自然な乱れ方であり、そういったことを見分ける目に否が応でも慣らされている千秋には、何ら不審を覚えさせなかった。

「ええ、お察しの通り。私は昨夜少し呑みすぎまして、ふらふらしているところを彼に介抱されたんです。酔いが過ぎると寝てしまう癖があって、昨日もここでそのままばったりと。部屋が一つしかないから彼もここで寝たんでしょう。目がさめたら抱き枕になっていました」

 抱き枕になっているのは男なのか、それともその腕の中にいる青年なのか。
 男はタオルケットの上から青年の背中を抱くようにしている。

「ははあ。なるほど。で、このバカはお前さんの服だか体だかをしっかり掴んで眠ってる、と?」

 友人の安心しきった表情を、何ともいえない顔で見下ろしながら、千秋はがしがしと頭を掻いた。

「シャツの胸の辺りをしっかりと捕まえています。よく眠っているから起こしたくなくて、そのままにしているんです」

 男は保護者然とした微笑みを浮かべて、愛し子を見るように青年を見守っている。

「ほお。あんた、男同士でくっついて寝る不快感よりも、こいつを起こさない方を選ぶわけか。とことんお客様第一な男だね」

 少しばかり意地悪な顔になって千秋はその場に胡坐をかいた。どかりと無遠慮に腰を下ろしたせいで、布団に横たわっている男には少なからず振動が及び、その眉をひそめさせた。相手の言動の中に含まれた棘を敏感に察しての反応である。

「彼はお客様ではありません。数少ない友人の一人です。それに、不快感などありません」
「友人、ねえ。年齢も生活習慣も常識も、何もかも違うってのに?」

 揶揄に似た台詞はもはや悪意を隠そうとしていない。

「すべてにおいて同等でなければ友情が成立しないというのなら、この世には友人関係など存在しない。考え方が違うからこそ、話をして楽しいものだろう。全く同じことを考えるのなら、話などする必要はない」

 男は腹を立てて身を起こそうとするよりも、腕の中で眠る青年の寝顔を壊さないようにする方を選んだ。しかし、もしも青年が見たら驚いただろうが、普段の温厚さをばっさりと捨て去り、ヒヤリとするような気配を漂わせていた。

「なるほど、そいつは否定しないがな。だが、あんたはこいつのことを何も知らないはずだ。どんな生まれで、どんな育ち方をしたのか。何を考え、何を思って過ごしているのかも。
 それでよくも『友人』なんて言えたもんだな」

 千秋は内ポケットから煙草の箱を取り出して一本を口にくわえると、愛用のライターに火をつけた。

「止せ。寝ている人がいるのに喫う気か?」

 直江が眉の角度を跳ね上げる。客商売の彼にとって、その場に居る人間の了解を得ずに喫煙するなど言語道断、敢えてするとすればそれは明らかな悪意を見せ付ける行為に等しい。
 そして無論、この場合は後者に当てはまる。対する男は鼻で笑って、すぱあ、と煙を吐き出した。

「俺とこいつの仲じゃあ、そんなことは気にしねえんだよ」



 二人の男は、平穏な眠りを貪る青年を挟んで睨み合った。



 一触即発の空気を破ったのは、眠りから覚める気配のない青年の小さな寝言だった。

「……ぉぇ……」

 うーん、と呻きながら高耶はもぞもぞと身動きして、温もりを探すように、広い胸へ一層深くもぐりこんだ。
 男が反射的にその背を抱く腕を強くすると、青年は満足したようにすうすうと規則正しい寝息を立て始める。
 そんな青年を、男は先ほどまでの鋭利な気配を一瞬で消し去って、いとおしいものを見るような微笑みを浮かべて見守っている。

(おいおいおいおい、何だよお前らその顔)

 そんな二人を紫煙を吐き出しながら見ている千秋は心中穏やかでない。
 彼の視線を感じたのか男はふと目をそちらへやり、ふっと優越の笑みを浮かべた。
 彼を挟んで睨み合っていた二人のうち、寝言で呼ばれたのはおまえではなく自分だったぞ、とでも言いたげに。

(何でここまであからさまなくせに自覚がないかね)

 千秋はますます内心で脱力である。

(どう見たって『友人』のレベルじゃねえだろうが、これは)

 千秋の見るところ、男の眼差しには紛れもないある種の感情が浮かんでいる。
 本人は保護者気分でいるのかもしれないが、第三者に言わせればこんなものは保護者の眼差しではありえない。

(こいつは筋金入りに前途多難だぜ、高耶よぉ)

 今だけは非常に幸せな眠りを貪っている友人へ、心の中でそっと肩をすくめてみせる彼だった。

 ―――自覚がないというのは、一番タチが悪い。


05/2/24



千秋vs.直江(笑)
いつの間にか泥沼の三角関係に!(違)
……というのはともかくとして、千秋はさぞびっくりしたことでしょう。友人宅でいきなりぴかぴかの革靴に出会ったら。
そして彼の推察するとおり、直江さんには自覚ゼロです(笑) 前途多難な高耶さん。

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