images by NORI's!baby,baby! ... "unexpected visitors"
いつもならタックルで迎えてくれるはずの伴侶の姿はリビングにも寝室にも無く、食卓には一人分の用意だけがラップをかけて置いてあるという状況を見た男は、何か重大なことが起こったのだと即座に悟った。
朝は元気一杯で自分を送ってくれた伴侶が、自室に引きこもらなければならないような何かが。
男がまず心配したのは、伴侶の体調だった。
荷物を置き、上着を取るのもそこそこに、赤ん坊のために使われている方の寝室へと向かう。
彼は相手が眠っていることも想定して静かにドアを開け、そっと声を掛けた。
「高耶さん……?具合が悪いんですか」
彼の目にした光景は、想像したどの状況とも異なっていた。
彼の伴侶は外出着を身に付け、旅行鞄を足元に置いた状態で、すうすうと寝息をたてている子どもを覗き込んでいた。
「高耶さん !? どこへ行くんですこんな時間に!しかもその荷物は……?一体どうしたんです !? 」
その背中が初めて会った頃と同じ、世界にたった二人きりの親子だという孤立感を漂わせていることに気づき、男の心臓は見えない手に握られでもしたように痛んだ。
のろのろと振り返った青年は、男の足元のあたりに視線を向けたまま、呟くように答える。
「だって……オレのいるべきところじゃないから。ここは」
抑揚の無い低い声は、まるで感情を無くした人形であるかのようだ。
これまでに見たことのない姿に、その台詞に、男は一瞬息を飲み、そして悲痛に叫んだ。
「何言ってるんです!ここは三人の家でしょう?あなたがいないこの家なんて、何の意味があるんです!」
「直江は直江の家族を迎えに行くんだ。待ってるよ」
「あなた、一体何を…… !? 何の話です !? 」
青年の両肩をがっしりと掴んだ男が、わけのわからないことを口にし続ける伴侶に苛立って語尾を上げると、相手は初めて視線を男に向けた。
出会ったときから男を惹きつけてやまない、宝石のような漆黒の瞳が、きりりと彼を射抜く。
「だって!直江には息子がいるんだ!直江にそっくりな!あの子のこと幸せにしてやらないと、バチがあたる。行ってやれよ。オレは一人でも生きていけるんだから。邪魔しないから。あの子を迎えに行ってやれよ……!」
途中からその双眸は雨の後の御影石のように水を含み始め、やがて強く瞼が閉ざされると共にぽろりと涙が転がり落ちた。
本来の直江なら、そんな伴侶の姿に出会えばすぐに強く抱きしめて悲しみを分かち合おうとするはずだが、このときばかりは指一本動かす余裕もなかった。
「何ですって……?」
想像すらしないことを叩きつけられ、男は瞬きも忘れている。
「夕方、橘宏明って名前の男の子が来た。今年十五歳で、戸籍上はおまえの弟だって。でも、あの子はそうじゃないと思ってる。明のことを『妹』だって言った。
あの子、信じられないくらい直江にそっくりで、……あれじゃ親子としか思えない。誰が見たってそう思う。
すぐに帰っちまったけど、自分はお前の捨てた橘の一番の鬼門だって。おまえには自分が来たことを内緒にしておいてくれって言ってた」
青年はそこまで言って、思い切ったように顔を上げた。
男はいつの間にか伴侶の肩から手を離し、片手で口元を覆っている。
「……心当たりは?」
脳をフル回転させて記憶を辿っているであろう男に、青年はやがて問いかけた。
「付き合ってた女、いたんだろ」
疑問ではなく確信を持って呟いた。男の反応は、ありえないことを耳にした場合のそれではなかったから。何らかの心当たりがあるのだ。
果たして相手は、焦点の定まらぬまま曖昧に頷いた。
「絶対にありえない……と言えば嘘になります。けれど、そんなことが……」
記憶を懸命に掘り起こしつつ答えた男は、伴侶がゆっくりと後退してゆくのを見過ごしていた。
「じゃあ、迎えに行ってやれよ!本当の親子で暮らすのが一番幸せなんだから」
青年はそう叫び、部屋を飛び出した。
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10/01/04