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 愛娘を産みの母親の手に預けた青年と男は、実家へ戻る少年を駅まで送って行った。
 特急の指定切符を買って時計を見ると、出発までには少し時間がある。青年は何かを思い出したように頷いて、兄弟に手を振ってみせた。

「オレ、ちょっと用があるから外すな。先にホームに上がっててくれ。すぐ追いつくから」
「わかりました。では先に行っています」

 男は頷き、伴侶の背を見送ると、自分よりまだ背の低い弟を見下ろして、

「どうやら気を利かせてくれたようだな。上に行って話そう」
「はい」

 少年を伴ってエスカレーターへと向かった。



「あの……今回は本当に申し訳ありませんでした」

 切符に記された指定席の最寄の乗車位置へ至り、足元に荷物を置いた少年は、横たわった沈黙をそんな台詞で破った。
 彼らの周囲には冬の風が渦巻いている。学生服姿の少年を見下ろして、風の当たらない待合室で時間をつぶすべきだったかもしれないと思いながら、男は出会ったばかりの弟に首を振ってみせた。

「もう謝るのはやめよう。きりがない。それよりうちの様子はどうなんだ?兄さんや姉さんはきっともう結婚して家を出たんだろうな。母さんは元気そうだったな」

 電話の際の家族の様子を思い出しながらそう訊ねた兄に、弟は頷いた。

「とても元気です。照弘兄さんは伯父さんの会社を継ぎました。義弘兄さんは父さんの跡を継ぐ予定です。姉さんは長らく働いていましたが、去年結婚して家を出ました。近くに住んでいるのでよく遊びに来ます。明ちゃんと同じくらいの子どもがいますよ」
「そうか。皆元気なんだな。良かった」
「はい。父さんもまだ現役です」

 少年がそう言葉を続けると、兄は眉端を僅かに引き上げて、疑問の表情になった。四番目の子どもである自分が三十を超えたのだから、父は既に還暦を迎えたか、その周辺の筈だ。

「そろそろ定年ではなかったか?」

 とっくに引退して実家に引きこもっていても良さそうなものだが、と思いながらの問いに、同じ父親の最後の子どもである少年は、父親の元気すぎる姿を思い浮かべて肩をすくめた。

「経営者には定年の概念が無いようです。義弘兄さんが育つまでは頑張ると言っています」
「そうか。父さんらしいな」

 バリバリの経営者として飛び回っていた頃の父の姿しか知らない男だったが、弟の表情から察するに、父親は当時とあまり変わらない活動量をこなしているようだ。この分では、母親も相変わらず跳んでいるのだろう。
 破天荒な両親を思い出してちょっと眉間に皺を寄せた男だったが、そこへ、背後から駆け寄ってくる足音があった。

「直江!」
「高耶さん」
「間に合った。宏明くんにこれ」

 軽やかに駆けて来て彼らの前で足を止めた青年の手には、赤と緑を用いてラッピングされた包みがあった。

「帰り道、寒いだろうから。センスは期待しないでくれよな」

 包みの中から出てきたのは手袋だった。外側がキャメル色の裏革で、内側がふかふかのムートンになった、見るからに暖かそうな品物だ。

「わあ、ありがとうございます。気を使っていただいて申し訳ありません」

 少年は素直に喜んでから、小さく頭を下げた。その礼儀正しい態度はさすがに伴侶の弟だ、と内心で頷きながら、青年は首を振って、

「とんでもない。ばたばたしててあんまり話もできなくてごめんな」
「じゃあ俺は着古しで悪いが、これを」

 一方の男は自分が身に着けていたコートを脱いで弟の肩に羽織らせた。

「え!そんな」

 いかにも上等そうな滑らかな光沢を放つそれを肩に着せ掛けられた少年は、戸惑いの眼差しで兄を見上げている。これが、ちょっと手土産、という代物でないことは中学生男子の目にも明らかだ。
 しかし彼とそっくりな顔をした兄は目元に微笑みを刻んで彼の肩をぽんと叩いた。

「いいから。あっちは雪だそうだぞ。風邪でもひいたら大変だろう?受験生」
「でも……」
「ちょっとサイズが大きいだろうが、すぐにぴったりになるよ。少なくとも高校を出る頃には俺と同じくらいになるはずだ」

 遠慮している弟にそう言葉を重ねた兄である。彼の伴侶は、ここで口添えをした。

「着てやってくれよ。オレたちなら車があるから心配ないし」
「本当にいいんですか?」

 二人がかりで説得され、少年はようやくその贈り物を受け取ることを自分に許したようだ。
 共に笑顔で頷いた二人は、ホームに滑り込んできた電車を見ると、彼の背を押してやった。

「ああ。それじゃ、そろそろ乗りなさい。兄さんたちによろしく」
「はい。ありがとうございます」

 学生服に一つきりの荷物でやって来た少年は、兄の温もりの残る暖かいコートと、その伴侶の心づくしの手袋とを身に着け、電車に乗り込んでいった。

「またな。会えて良かった」
「またおいで。今度はゆっくりな」

 扉の内側で振り返って立ち止まった少年に、二人はそれぞれ声を掛けた。プルルルルという発車のアナウンス音にややかき消されそうになった声だが、それは少年の耳にしっかりと届いたようだった。

 閉まる扉の向こうで、彼は二人の視界から過ぎ去るまでずっと、深く頭を下げていた。




fin.


* dasoku *
* back *


10/09/30


fin.です……!
仲良しふーふを襲った豆台風のお話でした。
雨降って地固まる。
この騒動を通じて、高耶さんは本当の意味で直江さんの伴侶になったのでした。

最後までお付き合いくださって本当にありがとうございました。
(もう今年のクリスマスが近付いている……)

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