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 青年のその言葉を聞き、相手はその瞳を見つめ返した。
 感情のままに手を伸ばして青年を抱きすくめることは簡単だ。そうすれば青年は安心して縋ってくるだろう。しかし、青年自身が手を伸ばして伴侶を掴み取るのでなければ、彼の中にある壁は一生乗り越えることができない。彼自身がその壁を壊して、本当に伴侶を欲しいと願わない限り。
 男はじっと相手の漆黒の瞳を見つめ、相手に選ばせるために言葉を続けた。

「俺は初めて会った日からあなたのものです。この先も、ずっと」
「……オレ、明がいて、何も持ってなくて」

 青年の躊躇いの一つはそこにある。自分はこの伴侶には釣り合わないと。

「最初に会った日から知っています」

 相手のその憂慮を、男は静かな声で打ち消した。何の躊躇いもない、けれど勢いでごまかすのでもない、心からそう思っていることがわかる声音だ。
 青年の心を曇らせているヴェールが一枚、剥がれ落ちた。

「……オレは捨て子で、親の顔も知らなくて、誕生日さえはっきりしなくて!」

 彼の抱える根源的な不安と劣等感がもう一つの要因だ。人間として一番最初の情報を持たない自分は、この伴侶には相応しくないのだと。

「それも知っています」

 男は青年のどんな事情もすべて受け入れる心積もりがある。揺るぎない声音で紡がれた一言で、彼はその想いを表現した。
 その言葉が青年を包む不安の膜をもう一枚、めくり取った。それでもまだ、彼の瞳には揺れる何かがある。

「オレ、話も聞かないで飛び出して……」

 今一番新しい不安と後悔の種はそれだった。恐らくは最も大きな不安要因だ。自分のその態度が伴侶をどれほど傷つけたのか、そのことばかりを彼は一晩中考えていた。
 しかし、相手は少し表情を変えて首を振った。

「あなたのせいじゃない。それは俺が悪かったんです」
「でも直江怒ってる……」

 小さな呟きは、震えていた。
 青年は男の静かな態度をそう解釈して不安を増幅させていたのだ。もう二度と男は自分を許してくれないのではないかと。
 しかし、彼の伴侶ははっきりと首を振った。

「これは自分に対してです。あなたに信じてもらえる努力が足りなかった。あなたが不安なのは知っていたのに」

 相手を傷つけてしまった過去の自分を責めるときだけ、彼の瞳には痛みがあった。
 そんな男の瞳をじっと見つめていた青年の口から、やがて、ぽろりと言葉がこぼれ落ちる。

「なおえ……」
「はい」

 まっすぐに瞳を交わして一つ瞬いた伴侶の微笑みに力を得て、青年はとうとう望みを口にする。相手の鳶色の瞳に映る自分の姿を見つめながら、口を開いた。

「オレ……おまえのところに戻っていい?」

 相手はくすりと笑って、相手の言葉の間違いを訂正する。

「『私のところ』じゃなくて、あれは私たちの家でしょう?私たち三人の」
「なおえ……!」

 伴侶のその台詞とその優しい響きを全身で聞いた青年は、ようやく、すべての不安を脱ぎ捨てた。
 膝の上にあった手を持ち上げて前方へ伸ばすので精一杯の彼の前に、足を踏み出した男は膝を突いて、伴侶を抱きしめた。


 共に暮らしてきた半年の間に既にしっくりと馴染んでいる互いの体を、今ようやく腕の中に取り戻した二人は、全身に張り巡らせていた緊張の糸を切り捨てて深く息を吐いた。
 互いの胸板に、肩に、力を抜いて寄り掛かれば、どんなわだかまりも消えてしまうようで。
 安堵といとおしさに支配されている二人は、周囲の人間の存在も既に忘れていた。


「……一晩離れていただけなのにもっと長くこうしていなかったような気がする」
「長い一晩でした。いろいろなことがありすぎて、私も頭が一杯です」

 互いにしか聞こえないほどの声で囁きあう。その距離がとても久しぶりに思えて、青年は伴侶の首を抱く腕に一層力をこめた。

 そんなふうに懐きあう両親を見て、仲間外れにされた愛娘が拗ねた。

「たー!なー!」

 棘のある声で叫んで突進してきた娘を受け止めた父親たちは、やっと笑顔になっていた。



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* back *


10/09/15


やっとお互いの腕に還った二人です。
作中ではたった一晩なのですが、長かった……


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