image by NORI'sbaby,baby! ... "unexpected visitors"




 瓜二つというほどに似た兄弟と、その大柄な方の腕にしっかりと抱っこされたくりくりお目目の愛娘、そしてその産みの母親は、娘の父親の待つホテルに到着した。
 小ぢんまりとしたビジネスホテルには珍しい、ちょっとした団体客は、フロントを通り過ぎ、無言でエレベーターに乗り込んだ。

「なー?」
 表情の固い父親を不審に思ったか、その腕の中の愛娘が小さな手を伸ばして頬にぺたりと触れる。はっと視線を下ろした男が出会ったのは、伴侶にそっくりな漆黒の瞳を曇らせ、小さな眉を寄せて難しい顔をした娘の姿だった。
「ああ、すみません。怖い顔をしていましたか?」
 子どもを不安にさせる表情をしていたと気づき、男がくしゃりと顔を崩すと、娘はぱっと表情を明るくして、ぺたぺたと男の頬に触り始めた。
 その小さな手に自分の手を重ね、男は腕の中の重みをもう一度確かめるように抱き直した。
「ひー」
 子どもは父親の肩越しに、父親そっくりな少年と目が合うと、今度はそちらへ向かって懸命に手を伸ばし始めた。子どもの興味の対象は常に目まぐるしく移り変わっている。
「宏明お兄ちゃんがいいですか」
 男はじたばたと全身で少年を呼ぶ娘に苦笑し、彼女の望みをかなえてやることにした。
 かくて彼女はおっかなびっくりの『ひー』の腕に収まった。


 目的の部屋の前まで来ると、綾子はドアの横に備え付けられた呼び鈴を鳴らし、あたしよと声をかけた。
 扉は待ち構えていたように開かれ、憔悴しきった表情の青年が現れる。
 彼は伴侶にそっくりな少年がその後ろにいるのを見ると、はっと目を見開いてから視線を床へ落とした。
 その一連の様子を目にし、男はたまらなくなってその体を抱きしめた。

「直江……?」

 戸惑う青年を固く抱きしめたまま動こうとしない男をつついたのは綾子だった。

「とりあえず中に入りましょう。立ち話もなんだし」



 決して広いとはいえないビジネスホテルのベッドや椅子にめいめい腰を下ろして、彼らはしばらく沈黙した。
 最初にその沈黙を破ったのは、産みの母親の膝に抱かれていた明夜だった。
「たー」
 一晩離れていた父親にひたと目を合わせ、その名を呼ぶ。綾子の隣に掛けていた父親はすぐに手を伸ばして愛娘を抱き止めた。
「一人にしてごめんな、明」

 大切な我が子をぎゅっと抱きしめ、その体温の高い体と甘い匂いに顔をうずめた父親は、この世界にたった二人きりの親子だという、あの孤独な決意を全身に纏っている。

「……俺は、数に入らないんですか?」

 そんな親子の姿を見て、男が静かに言葉を紡ぎ出した。青年は視線を床へ落としたまま、びくりと目を見開く。

「あなたにとって、家族は明ちゃんだけですか。この半年、あなたは俺にとって居候のつもりだったんですか?」

 男の声音は静かだったが、そこには紛れもない怒りと悲しみがあった。愛する者にとって自分はその程度の存在だったのかと、これまでの日々には何の意味もなかったのかと。

 青年はその想いを読み取り、違うと叫ぼうとして、はっと息を止めた。

 違わないのだ。自分の行動は、端から見れば男の言ったとおりの意味を持っている。話も聞かないで飛び出してしまったのは、男を信じていなかったからだと。
 何を言い訳したところで、自分の行動は男を深く傷つけた。

 そう悟ったから、青年は何も言えなくなった。

 このまま何も言えずに別れなければならないのだろうか。こんな形で、深く傷つけたままで。この男を離れなければならないのか。

 青年はそこまで考えて、唇を噛んだ。

 ―――いやだ。

 いやだ。耐えられない。
 耐えられない……!

 彼が強く目を瞑って心の中で叫んだとき、男がふっと息を吐いた。

「……すみません。元はといえば俺の家の事情から始まったのに。こんな風にあなたを責める資格は俺にはありませんね」
 半ば項垂れ、その大きな手で額を覆うようにして呟かれた言葉には最早怒りはなく、ただ悲しみと、諦めにも似た静けさがあるのみだ。
「なこと……」
 青年は伴侶を傷つけてしまったことを自覚しているがゆえに、反論の言葉も見つけられず唇を噛んでいる。

「すみません。全部僕のせいです!」
 深刻になりすぎた二人に割って入ったのは少年の叫び声だった。

「宏明くん……?」
「僕がとんでもない勘違いをしたせいでお二人にこんな想いをさせてしまって本当に申し訳ありません!」

 少年は兄の伴侶に向かって深く頭を下げた。自分の不確かな思い込みをぶつけたために二人の絆を揺るがせたことは償っても償いきれない過ちだと、その肩が震えている。
 頭を下げたまま震えている少年を見、その隣で自分を見つめる男を交互に見た彼は、やがてぽつりと呟いた。

「……勘違い?」



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* back *


10/05/11


メイちゃん、お父さんに再会の巻。
(でもその前に『ひー』に浮気。)

高耶さん、予想していなかった一言にフリーズ中。


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