「しょうがねーか。……指令は指令だ。文句なんか言える立場じゃねーもんな」 少年はやがて、諦めたようにため息をついて、通信室を出た。 無機質な銀色の廊下を歩いてゆくと、コツ、コツと足音が響く。 この廊下の先にはエリア・サーティーン この廊下の先には A r e a 13 が広がっている。ひとけがないのはそのせいだ。 通常使われるエリアは1〜10まで。居住区や市街地、郊外と呼ばれる公園や娯楽地域は、そのエリアに全て収まっている。 Area11〜13は特殊域で、それぞれ、研究開発区、環境調整区、そして『古代域』と呼ばれる。 前者二つは名前の通りであるが、最後のArea13はまさに特殊域だ。呼び名から想像されるとおり、このエリアには、古い時代の遺物が収められている。歴史という名前の物品を納めた巨大な倉庫だと思えばわかりやすいだろう。 このエリアに足を踏み入れるには特別許可が必要で、その許可は連邦中央調査局の局長付けで下される。平たく言えば、ほとんど皆無に近いほど、許可が出る事例は珍しいということだ。 連邦中央調査局(セントラル)の局員に抜擢されたエリートでさえ、入局後すぐの施設見学時を除けばほぼ一生、そこへ足を運ぶ機会は無い。 ここまで聞けば想像がつくが、少年が―――連邦中央調査局に入ってまだ一年目の新人であるが、元々は連邦中央大学(セントラルスクール)出の筋金入りエリートだ―――Area13に向かうのはまさに、特例中の特例だった。 さて、Area13には古代の遺物が収められているが、その中には連邦のトップシークレットに関わるものも少なからず存在する。 連邦中央調査局は既に二千年以上も続いてきた統一統治機関であるがゆえに、その長い歴史を収めたArea13には様々な機密が山と埋まっているのである。まさに、山と。 その中に、およそ千年の昔から保存されている一つの大掛かりなシステムがある。 『城』と呼ばれている、通常のものよりも随分と大型の生命維持装置だ。中身は当時の連邦中央調査局のシステム最高管理官であった男。 この男は当時、治癒方法のなかった難病にかかり、その優れた脳を無に返すことを惜しんだ当時の連邦中央調査局局長の手によって、生命維持装置に入れられたのだという。いずれ医学が進歩してこの病を治す方法を会得した暁にはこの男を蘇生させるようにと言い残して、局長はこの装置を後世に託した。 既にそれから千年が経ち、問題の病気を治す術は疾うに確立されている。 医学の進歩以来数百年もの間、連邦中央調査局は躍起になってこの男を目覚めさせようとあらゆる手を尽くしてきたのだが、どんなに優れたシステム管理官の手でも、『城』を機動させることは未だ実現できずに現在に至っているのだった。 ―――ところが。 少年がここへ立ち入るべく指令を下されたのは、彼こそがこの『城』を目覚めさせる『鍵』なのだということを連邦中央調査局が知ったためである。正確に言うならば、彼の中に宿った『素体』の記憶こそが。 少年は名を高耶という。彼は連邦の叡智を一つ処に集めた最高の教育機関であるところの連邦中央大学を優秀な成績で卒業した、連邦でも一握りのエリートだったが、卒業後すぐに、普通の治療方法では太刀打ちできない特殊な病気を患い、それから二年を病床で過ごした。 二年後の今、彼は先ほどのとおり至極ぴんぴんして生きているが、彼が病気を克服したのは彼自身の自己治癒力のためではない。彼は、連邦中央調査局の医療班が総力を挙げて探し出した、ベストマッチする『素体』を移植されることにより、病に冒された体を新たな健康体へと作り変えたのだ。 『素体』とは、その人間の生命を維持する基本単位で、どんな人間からも小さな細胞一つを取り出すだけで簡単に保存することができる。この『素体』は種さえあればそこからいくらでも培養が利くので、例えばその人が事故で瀕死の状態に陥った際に、この『素体』を緊急培養してその人の体へ移植することで、健康だった状態を取り戻すことができるのである。 そして、『素体』は基本的にその人本人にしか適用できないものであるが、非常に確率は低いものの、他人のそれと型がベストマッチすれば、他人のものでも移植することができる場合がある。 高耶は、自分の『素体』では太刀打ちできなかった病を、他人のそれを移植することによって克服したのだった。 ところが、その『素体』こそが曲者だった。少なくとも、彼にとっては。 高耶は、病床を離れて現場に復帰した際に、新人を対象とした施設見学でArea13に立ち入り、そのときふと『城』に手を触れた。何気なく触れただけだったのだが、連邦中央調査局の誇る最高のシステム管理官が一丸となってかかっても歯が立たなかったその『城』の防御壁『茨』を、彼の手のひらは触れただけで無効化してしまったのである。 数百年越しの奇跡を待ち望んでいた現場は、事態に騒然とし、高耶はその足で調査局の研究施設に連れてゆかれ、缶詰にされてしまったのだった。 まるで犯罪でも犯したかのように厳しくあらゆることを調べられ、へとへとになった高耶にもたらされたのは―――医療班からの驚くべき言葉だった。 04/03/30 |