おまえの寝顔が好きだった。 滅多に見られないものだから、そんな珍しい機会があったときは、飽きることもなく見つめていた。 規則正しい寝息とか、時折僅かに動く唇とか、伏せた瞼のくぼみや長い睫毛。 そういうものを見ていられるのが、とても幸せだった。 自分の前ではこんなにもリラックスして気持ち良さそうに眠っていてくれることが、嬉しかった。 その珍しい機会が、いつの間にか日常のようになり、そして、異常と思えるほどに増えたとき、 おまえの体はもう、取り返しのつかない状態に至っていた。 睡眠と睡眠の間隔がだんだん短くなってゆき、いつか目覚めなくなる日がくる。それは緩慢な死。 そんな奇病がおまえに取り付いていたなんて。 |
ミレニアム―――千年物語――― |
「だから、どうしてオレが男にキスなんかしてやらなきゃならねーんだよ !? 」
セ ン ト ラ ル
連邦中央調査局の要職にある友人へ向かって通信機越しに怒鳴っているのは、一人の少年である。
すらりとした肢体を白の正規服に包んで立つ姿は、夏を前にした若草のようだ。
匂い立つような若さが、健康な体の全体に漲っている。真っ黒な髪はつやつやしてきれいだが短く切られており、項があらわになっている。顔を見てみれば、くっきりと開いた眼も髪と同じ漆黒で、濡れた珠のような艶やかさを誇っていた。
彼は瞳が印象的な意志の強い顔立ちをしており、今ここで起こっている遣り取りを見ればその本質が窺える。
「しょうがないでしょ。先方がそう言ってるんだから。そもそもお前しか『鍵』になるヤツがいねーんだよ。例の『茨』の件でそのことは実証済みだろ。
―――いいか、これは正式な指令だ。そこんとこわきまえて、つべこべ言わずにやってこい!新入り!」
通信機の向こうにいる相手は、少年の訴えなどには耳を貸す気配も無く、きっぱりと引導を渡した。実際には彼は向こうで腹を抱えて笑っているに違いなかったが。
それを察しているからこそ、少年は地団太踏んで悔しがる。
「くっそー!おまえ、オレと同期のくせに、ちょっとオレが病気してる間にそんなとこまで上りつめやがって!きたねーぞ!」
そう、通信機の向こうでふんぞり返っている男は、この少年とは大学時代の同期生同士という間柄である。尤も、現在の地位はまるで雲の上と下ほどの開きがあるのだが。
しかしそれも、少年の言い分でわかるように、彼の怠惰が原因というわけではなく、大病を患ったというやむにやまれぬ事情のためであった。
だが、今や雲上人となった相手は、実にわざとらしくため息をついて、ふんと鼻を鳴らす。
「何とでもお言い。自己管理が悪くて病気して、その結果そんな体質になっちまったのは、てめーの勝手だろ。
大体、同期の他のヤツらもお前以外はみんな俺くらいの地位に上がってるぜ?俺が抜け駆けしたわけじゃねぇ。尤も、俺様が一番の出世頭なのは事実だがな♪」
非常に楽しそうに言う声は、きっと彼が自分の苦境を肴にして楽しんでいるのだろうと少年に思わせ……実のところそれは事実だった。
少年は負けん気の強いタイプであったから、相手に遊ばれているとわかればますます悔しがる。
「誰が好きこのんでこんな体になると思ってんだ!これは『素体』選びを間違ったヤブ医者のせいなんだ!ああもう、何でオレがこんな目に!」
通信機を握りつぶさんばかりの勢いで絶叫する彼を、そのはるか上役にある男はひたすら楽しそうに聞いて、最後の言葉を口にした。
「医者に世話になるような状況に自分を追いつめたてめーが全部悪い。じゃあな、俺様は忙しいから。―――グッドラック!」
そして無情にも通信は切られ、その場には頭から湯気を立てて怒っている少年だけが残されたのだった。 04/03/29