何と、彼に移植された『素体』は、例の装置を後世に託したあの連邦調査局局長のものだったのである。『素体』レベルでその人の記憶を宿す体となった高耶は、その人が『城』の封印を解くために必要な情報として自分の記憶を設定していたため、『城』を守る『茨』を無効化することのできるたった一人の『鍵』になってしまったのである。 そして、高耶は新入りながら、数百年越しの巨大プロジェクトを担うキーマンに抜擢されたのだった。 『茨』を無効化できるのは高耶のみであるため、『城』の中へ入ることができるのは彼だけである。 彼は『城』へ入って例の男を目覚めさせるよう指令を下されたが、中へ入ってその男が眠る場所へ辿り着き、医療班に持たされた治療装置で男の病を完全に治しても、男はまるで目覚めの気配を見せなかった。 肩を叩いても、揺さぶっても、眠りの病は完治したはずにもかかわらず、男は昏睡したままだ。 高耶をはじめとするチームメンバーは一体何が足りないのだろうかと両手を上げて降参し、プロジェクトは昨日まで半ば小休止状態となっていた。 それが、今日になって、古い記録を洗っていたシステム管理官の一人が新たな事実を突き止めたという。そこで高耶は急遽呼び出され、新たな指令を下されたのであった。 「……なんで目覚めの条件がキスなんだ……」 コツコツ、と無機質な銀色の廊下を歩いてゆきながら、高耶は暗い顔になる。 「オレの『素体』になった局長って、男だろ?なんで男のくせに男を起こすキーワードをキスなんかにするんだよ……こっちの身にもなってみやがれ」 半分泣きたい気持ちで呟きながら、彼はしかし確実に『城』へと近づいてゆく。 『城』は、エリア・13の奥に鎮座していた。相も変わらず、誰一人中へは寄せ付けないと言わんばかりの無機質な壁をそびえさせて。 高耶はその正面へ至って、未練がましくため息をついた。 ―――こんなことなら早いとこ恋くらいしとけばよかった。何でよりにもよって記念すべき初キスを男にくれてやらなきゃならねーんだよ…… 心の中の呟きが聞こえてきそうな深いため息である。 しかし彼は、数秒の後に覚悟をきめたらしい。大きく息を吸って、彼は扉に手を触れた。 音も無く、扉が開いてゆく。 上へとスライドして、人一人分の隙間ができると、彼は意を決して中へと足を踏み入れた。 彼が中へ消えると扉は再び音も無く下へスライドし、完全に外界を遮蔽してしまう。 中にある何層もの同様の扉が、彼を入れて閉ざすことを繰り返していった。 「はあ……」 高耶はとうとう、男の眠る場所へと辿り着いた。 無機質なカプセル状のベッドに横たわっているのは、高耶よりも二回りは体格のよい、長身の男だ。 髪は高耶とは違って、やわらかい茶色である。はるか古代の彫刻にでもありそうな整った顔立ちをしていて、伏せた睫毛はやはり茶色だ。 その上に屈みこんで、高耶はまじまじとその顔を見つめる。 「まあ、ぶさいくなオッサンじゃなかったのが救いかな……」 このくらいきれいで、もし女性だったなら、好みのタイプなんだけど。 「……えい、悩んでてもしかたねぇ!さっさとやっちまおう」 高耶は首を振って決心をつけると、眠り続ける男へと顔を寄せていった。 形のよい唇を見つめながら屈んでゆく途中で、彼はふと既視感にかられる。 「……れ?」 この唇を知っている気がする。 重ねたこの感触を、知っている気がする。見た目から想像するよりもやわらかい、温かな唇だ。 「―――あなたですか……?」 顔を離すよりも早く、聞こえた声に驚いた。 鼓膜を震わせるこの豊かなバスを知っている。 瞼の下から現れる鳶色の瞳を、知っている――― 『―――!』 そして、千年越しに再会した恋人の名を、彼は呼んだ。 |
ミレニアム―――千年物語――― |
おまえは怒るだろうか。 おまえともう一度生きるために、すべてを後世の人に託す行為を。 わたしは自分が自分でなくなっても、ほんの僅かな欠片になっても、 おまえと再会したいのだ。 おまえを『城』に入れて、わたしは『鍵』になって、 いつかもう一度わたしが生まれてきたとき、 おまえの封印を解けるように、『茨』で守ろう。 さあ、直江、もうお休み。 再び会えるときまで、待っておいで。 わたしのキスでおまえを目覚めさせてあげるから、 それまで、ゆっくりお休み――― |