海よりも蒼く、空よりも藍いブルー
『さあ、あの水面に上がったらすぐ陸ですよ。岸までつれていってあげますからね』 やがて泣くのをやめたオレを抱いて、人魚は上へ向かって泳ぎ始めた。透ける羽を羽ばたかせ、力強い尾びれで水を蹴って、あっというまに水面近くまで泳ぎ着いてしまったとき、オレは人魚にヒルのように張り付いて、離されまいとその背にしがみついた。 『やだ!もうもどらない。もどったって、あいたいひとはいないんだ。ひとりぼっちなんだ。オレ、どこにもいかないよ!にんぎょのおじさんといっしょがいい!』 ありったけの力でしがみついて駄々をこねたオレに、彼は何といったか。 『おじさん、じゃなくて、直江です』 苦笑しているように見えた。そう、たしかに、子どものオレから見ればおじさんでも、今思い出せば、彼は決して大人の人魚ではなかったと思う。 『なおえ?』 彼の名前を呼んでみると、彼はとても優しく微笑んで頷いた。 『そう、直江です。あなたのお名前は?』 『たかや。おうぎ、たかや』 『じゃあね、たかやさん。私の伴侶になりませんか?』 『はんりょってなに?』 五歳のオレにはそんな難しい言葉の意味はわからなかった。オレが首を傾げると、男は簡単に説明してくれた。 『例えば、あなたのお父さんとお母さんは夫婦だったでしょう?それと同じですよ。一緒に生きていく相手のことです』 『いっしょに?オレ、なおえといっしょにいていいの?』 一番嬉しい言葉を彼はオレにくれた。 『ええ、あなたさえいいのなら。私の伴侶になってくれますか?』 『うん!オレ、なおえといっしょがいい。なおえがすき』 嬉しくて首に抱きつくと、彼は真剣な眼差しになって問いかけてきた。 『本当にいいの?一生をこの海の中で生きてくれるの?』 『うん。オレはなおえのはんりょになる。つれてって。このままつれてってよ、なおえ』 オレが何度も頷くと、男は優しく微笑んだ。 『ありがとう、高耶さん。じゃあ、指きりしましょう。あなたが大きくなったら、私の伴侶になる。いい?』 『うん。ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんの〜ますっ』 直江はオレを連れて海の 深いところにある岩窟に家を作ってくれた。そこは海の中だから、勿論海水に満たされていたけれど、直江がオレの額にキスして何かの呪文を唱えると、オレの体は直江と同じように仄白く光り、直江から離れても苦しくなくなった。 それは、直江の魔法だったんだ。海の民としての貴重な力を、直江はオレを海の中で生かすために使っていた。 オレは自分が海の中で楽々と生きていられることを御伽話のようだと思って楽しんでいたけれど、それは海の民の直江にとっては大変なことだったんだ。 そして―――オレに貴重な力を与え続けた直江は、海の皇の怒りに触れた。 よく覚えていないけれど、最後の日、オレはオレたちの家に近づいてくる水音を直江だと思って出迎えた。 そこにいたのは、見たこともない険しい顔をした人魚たちだった。悪戯をしたときにオレを叱る母さんの顔よりもずっとずっと怖い顔をして、彼らはオレをつかまえた。 『陸の者、在るべき所へ戻れ』 『ここのことは全て忘れさせてやる』 確かそんな言葉を聞いたのが最後だった。 そしてオレは岸辺に打ち上げられ、ばあちゃんに拾われたのだ。 |
2004/04/16