海よりも蒼く、空よりも藍いブルー
金色を海の水に溶かしたような、この綺麗な琥珀色。 ゆらゆらとたゆたって光るこの瞳を、この美しい海のブルーの中で見たことがある。 自分を抱く強い腕を覚えている。透ける羽も、力強く水を掻く尾びれも、知っている。 この腕に抱かれて、ずっと前にも、深い海のブルーを見た…… 両親と一緒にドライブに出かけて散々はしゃいだその日、遊び疲れて眠りこけていたオレが急に目を覚ましたのは、激しい衝撃と身を切るような冷たい水の感触のせいだった。 車の窓が割れていた。 そこから見えるのは、暗く青い海中の風景。 そうそこは……海の中。 車の中は水が一杯になっていて、運転席の父さんも、助手席の母さんも、その水の中でゆらゆらと身を任せていた。 ぐにゃり、と、まるでゴムでできた人形のような、意志の無さ。 幼いオレには理解できない光景だった。 ごぼ、と水を飲んだ。塩の味が喉を焼いた。肺を埋め尽くした苦しい塊は、冷たくオレたちを抱いている水と同じだった。 苦しい、苦しいともがく間にも、車はどんどん沈んでゆく。父親も母親も一緒に入れたまま、誰にも知られない棺桶の代わりになって、深く深くへと引き寄せられてゆく。 死ぬことを怖いと思うより、父母と離れることのほうが怖かった。 身寄りは親だけだと子ども心に知っていたから、待つ人もない陸へ逃げるよりも、このまま家族三人で一緒に沈みたいと思った。 最後に目にしたのは、遠く上方にゆらゆらときらめいている光と、それを透かして降り注ぐブルー、そして―――見たこともない御伽話の生き物だった。 今この目の前にいる、背に羽を足に尾びれを持つ、琥珀とブルーの人魚…… 優しい瞳をしていた。 ずっと前に死んだじいさんを、近所で飼われていた大きな金色の犬を、この世に生まれ出でて最初に目にした誰かの瞳を、思い出させる目だった。 『あなたを助けてあげる』 彼の体は不思議な光に包まれていて、その光で包もうとするようにオレをぴったりと胸に抱いた。 そうすると、急に息苦しさが無くなった。呼吸しているわけではないのに、すっと楽になったのだ。 オレが落ち着いたのを見ると、彼は頭の中に直接話しかけてきた。 『……オレだけ?とうさんと、かあさんも、たすけてよ。おねがい!』 助けてくれる、という言葉を理解したとき、オレはそう叫んだのだと思う。いつの間にか視界から消えてしまった車の中にいるはずの父と母を、助けてほしいと。 『……できないんです』 人魚はオレがぎゅっとしがみついて叫ぶのを、つらそうに眉を寄せて聞いていたが、少しだけ沈黙した後で、首を振った。 『どうして !? たすけてよ!おねがいだから、いじわるしないで!とうさん、かあさん……!』 泣き喚いたオレに、人魚は悲しい微笑みを浮かべた。 『私は私の姿を見ることのできる人しか助けることができないんです』 『とうさん、かあさんは、みえないの……?』 『そう。あなたは私を見ることができるから、こうして触ることができる。でも、お父さんもお母さんも私がそこにいることに気づくことができないんです。だから、触ることもできない。陸まで連れて行ってあげられない』 オレを見つめる人魚の瞳は、海の水に黄金を溶かしたような、美しい琥珀色だった。 とてもとても綺麗な琥珀色の瞳を見つめるうち、オレはその人魚の言っていることが嘘でも意地悪でもないことを悟ってしまった。 まるで人間そのものの瞳には、本当の悲しみがあったから。そして、オレに対する憐憫と慈愛があったから。 両親は助からないと嫌が応にも気づかされて、無力なオレにそのときできたことは、ただ泣くことだけだった。 『……やだ……やだよぉ……とうさん、かあさん……やだあぁ……』 イヤダイヤダと赤ん坊のように泣くオレを、彼は何も言わずに強く抱きしめ続けてくれた。 |
2004/04/15