シアワセノショウメイ
「とある世界では、今日を聖誕祭として祝うのです。こうして贈りものを携えて」 12月25日の朝に突然現れた『魔女』は、そんなことを言って靴下型の布袋を落人の妖精に差し出した。 「貴様何を企んでいる!」 「直江、うるさい。高坂ありがとな」 警戒する魔法使いを放って妖精はいそいそとその包みを開ける。 魔女高坂は、どうやらこの妖精を気に入っているらしい。こうして時々ふいに現れては手土産にと言って こまごました贈りものを置いてゆくのだった。 「高坂!答えろ。何を企んでいる !? 」 邸の主で妖精高耶の恋人である魔法使いはいきり立つが、 「人聞きの悪い。私は高耶殿を気に入っているだけだ。お前には関係の無いことであろう?」 「そうだぞ直江。そんなに突っかかることないだろ?ほら、これ見てみろよ」 魔女も妖精も取り合わない。 家の主のくせに劣勢である。 袋の中から出てきたのは、色とりどりの包み紙にくるまれたキャンディやクッキーといったお菓子類だった。 それらを机の上に並べて高耶は嬉しそうである。 ハリも食べるか?と言って傍らにお座りしていた金色の虎の口を開けさせ、キャンディを放り込むと、虎は 尻尾をぱたぱたさせて喜んでいる。 「高坂、ありがとな」 魔女ににこりと笑いかけ、高耶は直江をはらはらさせた。 「ほれ見ろ、高耶殿も嬉しそうではないか。お前もたまには可愛がってやるがいい」 「この上なく可愛がっている。余計なお世話だ」 高坂に鼻で笑われて、直江はむっと眉を寄せる。 反論はしかし、話題の中心人物の声によって遮られた。 「え〜直江、研究棟に篭もったら出てこねーじゃん。つまんねーんだよな〜」 籐の椅子にばふっと座り込んで、高耶はぷうっと頬を膨らませている。 その傍らへ寄った金色の虎も肯いた。 「そうです。私がお相手するといっても限度があります。高耶様は主に遊んでほしがっているのですから」 美しいバスの人語が流暢に流れ出ると、それ見たことかと美貌の魔女が肩をそびやかせた。 「―――ということだが、反論は?」 いつの間にか高耶の向かいの椅子に納まっていた彼は顎に手をやって頬杖をつき、楽しそうに上目で 魔法使いを見上げる。 「……」 「どうした、反論できまい?」 しばらく唸っていた魔法使いは、魔女をギッと睨みつけてから、対照的な優しい眼差しになって恋人を 見つめた。 「高耶さん。すみません。寂しい思いをさせていたのなら謝ります。 だから、この男に気を許すのはやめてください。お願いだから」 しかし人外の二人は知らん顔。 「お願いするなら誓約書でも書いたらどうだ?口約束がアテにならんことは証明済みでしょう?高耶殿」 「そうだよな。ヒマなときは高坂の手伝いさせてもらおうかな」 「あぁ、歓迎しますよ。元妖精ともなれば頼もしい」 「そう?」 アルバイトの話にまで発展してしまった事態に、 「駄目ですっ!!」 邸を揺るがすような大音声で、魔法使いは喚いた。 「……うるせぇよ……声でかすぎ」 耳を塞いでそっぽを向いた高耶である。事実うるさかったので、忠実なる使い魔ハリも耳を伏せていた。 高坂に関しては言うまでもない。 「どこで何しようとオレの勝手だ。……保護者が構ってくれないと子どもはグレちまうんだぜ?」 「高耶様の仰るとおりですよ。主、約束が違います。高耶様がどうして主の傍に残られたのか、覚えて おられないのですか?」 恋人にも使い魔にも口々に文句を言われて、さらなるとどめはやはり魔女から。 「それ見ろ。お前の味方はおらんようだぞ」 「……」 口を開く元気もない。 「どうした、反論できぬのか?」 「できますまい。事実ですから」 使い魔ハリが代わりに返答したが、その内容は主をフォローするどころかけなす一方だ。 「……ハリ?ご主人の味方しなくていいのか?」 高耶がむしろ心配そうに首を傾げる。 「それにしてもあまりに高耶様がお気の毒です。主はあなたを得て幸せでしょうが、ここに残ったのに滅多に 構ってももらえないなんて、高耶様は飼い殺しのようなものではありませんか」 「それはそうだけど」 「ご自分のことなのに、遠慮なさってどうするんですか!びしっと言っておやりなさい!」 虎のほうがよほどフィーバーしている様子である。 「そうだけど、でも」 「でも!?」 ハリは大口を開けて吠えている。 くわっと開かれた牙に閉口して、高耶は少し後ずさった。 「……こわいから牙向けるなよ。……いや、なんかここまで言ったら直江がかわいそうだ」 「主に同情してどうするんですか!」 「同情?そうかな……」 「この男に同情など、もってのほかです。さあ、歓迎いたしますから我が庵へどうぞ」 魔女は面白そうに笑って高耶を誘う。 「……高耶さん、行くんですか?」 ふと、そこへ魔法使いの声が掛けられた。 「直江……」 「さあ。たまにはお灸を据えてやればよいのです」 「……」 魔法使いと魔女とを交互に見ながら、高耶はしばし口を閉じたままでいた。 後編 (24/12/02)
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