シアワセノジョウケン



「あ〜もう、うざってー」 響きわたる声の主は、若葉を思わせる伸びやかな肢体の少年。 うんざりしたような声を上げた彼だが、それには理由があった。 彼はこの辺りでは有名な木の精だった。陽気でそれでいて気まぐれなところが可愛い、と、皆の人気者だ。 睨むような眼つきをしてぶっきらぼうに話すのは決して怒っているからではなくて、実は人見知りするからなのだと、 誰もが知っていた。 そんな風に周りの者たちに愛されてきた彼だったがその魅力は何も同郷人にだけ発揮されているものではなく、 人間の中にも、彼を愛してやまない者はいた。 「まぁた、例の魔法師か?」 面倒くさそうな声を上げて寝転がった彼の横合いから声がかかる。 その主は同じ木の精だった。 黒い髪、瞳の彼とは対照的な、淡い色合いの風貌である。金色の髪と碧の瞳だ。 「あぁ。ったく、やってらんねーよ」 忌々しそうに吐いて、それでも律儀に身を起こした彼に、もの言いたげな眼差しをくれる。 「行くのか?」 問う声に、 「喚ばれたら行くしかねーだろ、オレたち妖精は」 と答えて、彼は羽を広げた。 うすい緑色した、透けるような不思議な羽が背に現れる。 「……それでも、本当に嫌なら無視するだろ」 相手はそう呟いた。 「何が言いたいんだよ」 「何でもない。じゃあな、高耶。せいぜい気をつけて」 ひらひらと相手は手を振った。 その含みのある言い方に、高耶と呼ばれた彼は眉をしかめる。 「引っかかる言い方するよな。何が言いたいんだ、一体」 「いやいや、何でも。ほら、あいつが待ってるぜ。行ってやれよ」 飄々とした、という形容が一番しっくりとくるこの相手は、さらりと流した。 「……」 「早く、風が消えないうちに行けよ」 急かすのをじろっと睨み、 「……帰ったら吐かせてやるからな。覚悟しろよ」 仕方がないのでそう言い捨てて、高耶は風に巻かれた。 その視界が晴れたとき、彼は人間界にいた。円陣の真ん中にふわりと浮かんでいる。 目の前に、彼を喚んだ人間がいた。 魔法師・直江である。 上級魔法を修めていながら、どの機関に属すこともなく、ぶらぶらしている妙な男であった。 その能力・資格を武器にすればいくらでも、良い条件の契約を結ぶことができるだろうのに。 この男はあるとき召喚魔法使った際に偶然高耶と出会い、それ以来、何かと理由をつけては(いや、理由がなくても、 だが)彼を召喚しては話をしかけてくるのだった。 本人はいたく相手を気に入り、何度となく口説いているのだが、相手はつれなかった。全く本気に取ってくれないのだ。 それでもこうして喚べば姿を現すので、直江はとりあえずそれに満足しているのだった。 その相手は今日も開口一番にこう怒鳴った。 「お前なあ!しょっちゅう意味もなくひとを喚び出してんじゃねーよっ。こちとらそういつもいつもヒマってわけじゃ ねーんだぜ。 少しはオレの事情も考えろ!」 「はいはい。……それでも来てくれるんですよね、あなたは。何だかんだ言って、嫌じゃないんでしょ?私と話すのが」 慣れた風でそれを流した直江は、ずうずうしくもそんなことを言ってのけた。 当然、相手は黙っていない。 「ふざけんな!誰がっ !? 」 指を突きつけて、 「お前なんか、ただの変態野郎だ! 仕事もしないでぶらぶらしてるくせに。オレは季節ごとにちゃんと役目を果たしてるんだぞ。少しは見習え!」 ふんぞりかえる姿が、何とも愛らしい。 直江は目を細めて見守るのみで、答えなかった。 そうされると対応に困るのが高耶である。もともと沈黙には耐えられないたちの彼は、口を開かない直江にすぐに しびれを切らす。 「―――何か言えよ。喚び出しといて、だんまりか? だったら帰っちまうぜ、オレ」 無自覚の拗ね台詞に、直江は微笑む。 「すみません。あなたがあんまりかわいいもので」 「ばっ……」 「はい、怒らない。……思った通りを言ったまでですよ。嘘でもからかいでもありません」 叫びだしかかった相手の口をすばやく手で塞いで、直江は言ってのけた。 「〜〜〜!」 「あ、すみません。息ができませんか」 顔を真っ赤にして暴れる相手に、ぱっと手を離す。 「……こっ……この……!」 「はいはい。わかりましたから、いいかげん普通に息をしなさい。そんなに興奮していては呼吸ができませんよ。 あなたなら死体になってもかわいいでしょうが、私はやっぱり生きている方が嬉しいですねぇ……」 「こンの、大変態野郎!」 「おや、帰ってしまうんですか?まだ何もしていないのに、つれないひとだ。話相手にもなってくれないんですか。 少しは私の気持ちも思いやってくださいよ」 「だから、そういうとこがいやなんだよ!オレは帰る!」 「ああ、待ってください。短時間の間にそう何度も異界を渡ったら体が保ちませんよ?少し休んでおいきなさ……」 「うっせぇ!!」 ばさりという羽音を残して、湯気をたてて怒っている妖精は姿を消した。 置いてゆかれた直江はそれでもくすくすと笑っている。 どんなに怒ってみせても、あの木の精は愛らしくしか見えないのである。小さな獣の仔が一生懸命に威嚇するさまにも似て。 これだからやめられない、と直江は今日も破顔するのだった。 ―――その頭上で、カラスの鳴く声がしていた。                                          (30/12/01)




next




Background image by : blue green