シアワセノジョウケン





「なんで……?」 高耶は帰還に失敗して呆然と佇んでいた。 元の世界へ帰ったつもりが、街の反対側へ突出したのみで終わってしまったのだ。直江の指摘したように疲労のせいなのか、 と、しばらく間をおいて後で再び試みたのだが、やはり跳べなかった。 これは本格的にまずい状況だ。 自分は本来、この世界の住人ではない。それが長くここへ留まれば、必ず支障が出てくる。 ―――まず、羽が具現できなくなった。 これで彼は飛ぶことができなくなってしまった。もう、人間のように地を踏まなければ移動ができない。 次いで、精霊の力が失われはじめた。このまま放置しておけば、本当に人間と同じようになってしまう。 「どうしよう……」 ひと気のない夕暮れの街の石畳を裸足で踏みながら、とぼとぼと歩いていると、間の悪いことに雨が降ってきた。 ―――いっそ土砂降りならせいせいするのに。霧雨なんて、一番タチが悪い。 しとしとと降り注ぐ滴に打たれていつしか濡れ鼠になってしまった。 彼は、やがてしゃがみこんだ。 もう立ち上がれそうにもない。 駄目だ……起きなきゃ。 自分の足で歩かないで、誰が助けてくれるというんだ? この世界はオレの住む所じゃない。いつも皆が側にいてくれた、あの場所じゃない。 オレは、異邦人なんだ。たった一人、間違って取り残された異邦人なんだ…… 誰も……いない。―――頼る相手なんて、いない…… 生まれて初めて捨て猫のような気分になって唇を噛むが、冷えた体は動くことを拒否した。 そのまま濡れ続けたら、凍えて死んでいたかもしれなかった。 「―――どうしたんですか、こんなところで」 ふいに声がかけられ、同時に雨が遮られた。 見上げるまでもなく、それは直江の声だった。自分のマントを脱いで高耶を包むようにする。 「こんなに濡れて……病気になりますよ。どうしてこんなところで雨に当たっているんです?」 帰ったはずだと思っていた相手がこんなところで雨に打たれていて、その上、ずぶ濡れに濡れているところから推して、 かなり長い時間そうしていたのだろうと見て取った直江は、不審そうにそう尋ねた。 高耶はそんな相手に目を合わせないまま、小さく呟く。 「……帰れねぇんだよ」 「は?」 直江の瞳が丸くなる。手も止まっていた。 「帰れなくなった……。羽もなくなった。力も消えちまったよ……」 高耶はやはり誰に言っているのかわからない方向を向いて、呟いた。 「それは一体 !? 」 直江に両肩をつかんで揺さぶられてようやく、彼はまともに相手を見た。 噛みつくように叫ぶ。 「知るかよ!……わけわかんねーよ! ―――突然こうなった。いつもと同じように帰ろうとしたら、跳べなくなってた。何度やっても駄目で……」 叫びはいつしか小さくなり、ついには聞き取れないほど微かなものになっていった。 「オレ、どうしよう。 帰れなかったらどうしよう……」 初めて聞く高耶の弱音に、直江は痛ましげな表情を浮かべた。 突然のことで、彼にも対処法が思いつかない。 仕方がないので、相手を掬い上げるようにして抱き上げた。 「……ひとまず私のところへいらっしゃい。とにかく、雨の当たらない場所へ」                                          (03/01/02)







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