シアワセノジョウケン
「た……高耶っ!?」 突然の召還術に引き寄せられ、気づけば目の前に探し求めていた親友の姿を見つけ、 譲が叫んだ。 思わず走り寄って抱きしめようとするが、僅かに手前で見えない壁に阻まれて叶わない。 どうやら、『渡界』には至っていないらしい。通常よりも同調度の低い召還術で一次的に 空間をつながれている様子だ。 それでもできうる限りは近づこうと手を伸ばす。 「高耶……本物か!」 スリアも駆け寄った。 「譲、スリア……!」 高耶も手を伸ばし、異空間のガラス越しに三人は掌を触れ合わせた。 「高耶……ばかやろう、お前、心配かけやがって……」 「そうだよ。妖精連中みんな大騒ぎしてたんだぞ。お前が自分の意思で姿をくらますなんて 在り得ないから、絶対に何かが起こったんだって」 しばし胸が一杯で言葉にならなかった三人だったが、一時の失語が治まると、心配性の二人が口々に 親友を攻め立て始めた。 「ごめん、ほんとにごめん!―――ありがとう……探しに来てくれてありがとう、本当に……!」 高耶は、掟破りの不法侵入までもやってのけて自分を探しに来てくれた二人に頭を下げた。 『狭間』に迷い込む可能性も、『落人』になってしまう可能性も顧みずに自分の為に危険を冒してくれた、 掛け替えのない二人には、どんなに礼を言っても足りない。 言葉が如何に無力であるか、知っていたはずなのに、今になって、たまらなくもどかしい。 どんな言葉でも、この気持ちは言い表せないだろう。 「ほんとに、ありがとう……!そして、大変な目に遭わせてしまってごめん。掟破りまでさせて……しかも 『狭間』に落ちてしまって……」 何度も頭を下げる高耶だったが、それをとどめたのは当の親友たちだった。 「そんなの何でもないよ。他でもない、大事な親友の危機だ。誰がのんびりぬくぬくとしていられると思う? それに、そうした甲斐があったじゃないか。こうしてお前に会えた」 譲が首を振って肯くと、 「そうだぞ。お前が謝ることじゃない。不可抗力でこうなったんだろう? ―――そもそも、一体何が起こったんだ?どうしてお前はこの世界に落ちた?」 スリアも肯いて、それから事の仔細を尋ねた。 まるで何でもないことのように言ってのけた二人に、高耶はくしゃっと顔を歪めて涙をこらえるように俯き、 何とかそれをやり過ごしてからスリアの質問に答えようと顔を上げた。 「……あのときは運が悪かったんだ。ちょうどその日に、この街には吸力結界が張られてて―――」 高耶自身、つい先ほど知ったばかりのその話を始めると、二人は先ほどの高耶と同様、怪訝な顔をした。 「何だと?」 「どういうこと?」 なぜ突然、吸力結界などという話が飛び出してくるのだろうと眉を顰める二人である。 うまく説明する自信のない高耶は二人の問いかけの視線に困惑してしまったのだが、そこに横合いから 助けの手が入れられた。 「それは私から説明しよう」 すい、と会話に割り込んだのは、これまでひっそりと、気配を感じさせずにそこに立っていた『魔女』だった。 「―――誰?」 ようやくその存在に気づいて、譲とスリアは視線を鋭くした。 警戒とまではいかないにしろ、この部屋の雰囲気といい、『魔女』の纏う不思議な雰囲気といい、どこか 普通ではない。構えてしまうのは当然である。 現に、高耶自身も最初は彼をかなりの不審人物と捉えていた。 「この街の魔法を二分してる『魔女』だ。―――う〜ん、直江のライバルみたいなもんかな」 思い出し笑いを噛み殺して説明すると、当の本人から訂正が入った。 「あの男と一緒にするのは止していただきたい。心外ですぞ」 わざとらしく眉を外へ吊り上げて見せるが、目は笑っている。 彼が直江を気に入っているらしいことを既に知った高耶は、面白そうな顔になった。 「あんたには悪いが、オレにとっちゃ直江が物差しだから」 こちらも敢えてふんぞり返った返事を返す。 「それはそれは。―――ところで、ご友人方が困っているご様子。よろしいのかな」 『魔女』はやはり目だけで笑い、それからその視線を毛を逆立てた猫のような親友へと向けた。 譲はそれこそ噛みつきそうな目をして、この得体の知れない、しかし自分達の親友とは何だか話が合って いるらしい男を、食い入るように見つめている。 直江のライバル、と言われた時点で男の不審性は決定付けられたも同然。 譲にとってみれば、親友をこの世界に縛り付けている何かに関わっていると思われる者たちは皆、完全な 敵なのである。 一方、スリアの方は面白そうに『魔女』を眺めていた。 譲ほど過保護でも色眼鏡を掛けてもいない彼は、高耶が魔女を警戒していないことがわかっているから 何も言わずに状況を楽しんでいるらしかった。 「あ、ごめん。説明してやってくれないか。簡単にでいいから」 高耶の頼みで、魔女はこの事態の始まりからを簡単に話し始めた。 (16/12/02)