サイコウノシアワセ
居候の妖精の様子がおかしい。
最初に気づいたのはハリだった。
「高耶様?ここのところ食欲が落ちているんじゃありませんか?具合がよろしくないのですか」
いつも目を見張らせるほどの健啖家である高耶が、なぜかここ数回の食事では元気が無いのである。
おかわりもしなければ、下手をすると盛られた料理すら食べきらずにいることすらある。
心配になって問うたハリに、相手は首を振った。
「せっかく一生懸命作ってくれてるのにごめんな。ちょっと、時期なんだよ」
「妖精の方々には食欲の落ちる時期があるんですか?それは大変ですねぇ」
ハリは深く頷いてそれで納得したようだ。
一方、魔法使いの方はそれでは心配が消えない様子である。
「本当に大丈夫なんですか?顔色も何だかおかしいですよ。熱でもあるんじゃ……」
隣に掛けていた彼は手を伸ばして相手の前髪を持ち上げようとしたが、拒まれた。
普段ならば嬉しそうに甘えてくるはずの高耶が、なぜか今日は逃げたのである。
「高耶さん?」
「大丈夫、なんでもないからっ」
目を合わせずに後ずさり、妖精は自室へと駆けていってしまった。
いつもは直江の部屋で共寝するのに、今日は普段滅多に使われることのない彼用の部屋へ入っていってしまったその後姿に、直江は首を傾げていた。
これは、避けられているとしか思えない。
「主、喧嘩でもなさったんですか?」
ハリが疑わしそうに主人を見上げたが、受けた方はまるで心外の様子である。
「喧嘩も何もしてはいない。昨日までは全くいつもと同じだったのに、一体どうして今日に限って……」
悩み始める彼を、忠実なる使い魔が押しやった。
「主、とにかく率直に尋ねてみるのが一番です。さ、高耶様のお部屋に行ってください。ぐずぐずしないで!」
これではどちらが主人かわからないが、言っていることは正しい。
魔法使いは素直に従い、高耶のために用意してある部屋の扉をノックした。
「……高耶さん。高耶さん?もう眠ってしまったんですか?」
「起きてるよ。けど、大丈夫だから、気にしないで」
扉を開けに来てくれる気配はなく、力ない声が返ってきたのみである。
魔法使いはいよいよ心配になった。こんなに元気のない声は相手がここに残ってから初めてのことだ。
「高耶さん。入りますよ」
直江は言って、ノブを回した。
「来なくていいってば」
中からは反論が返ったが、この目で確かめなければ心配で眠れない。
「心配なんです。とにかく顔だけ見せて」
直江は構わず中へ入っていった。
部屋は明かりも点けずにおかれていて暗かった。
窓から差し込む光だけをたよりに歩を進めると、果たして寝台は空っぽだった。
「……高耶さん?いないんですか。どこに?」
心臓がつぶれるかという思いをして、魔法使いは震える声で問うた。
もしもどこかへ行ってしまったのだったら。
もう二度と戻ってきてくれないのだとしたら。
しかし、
「……来るなって言ったろ」
部屋の隅の方から弱い声が返って、彼は足元に崩れ落ちそうになるほど安堵した。
「―――驚かせないでください。何かあったかと思ってしまった……」
その方向へと近づいてゆくと、
「来るなよ!」
鋭い制止の声がかかった。
「高耶さん?」
様子がおかしい。部屋の角にうずくまって膝を抱えている妖精は、こちらに背を向けて拒絶している。
その体は小刻みに揺れていた。まるでひどい熱を出した子どものように。
「た……高耶さん !? 」
「来るな……来るなよっ!頼むから……っ」
駆け寄ると、相手は小さく小さく体を丸めて、拒絶を繰り返した。
「一体どうしたんです!高耶さん!」
これはいよいよおかしい、と直江は相手を掬い上げるように抱きしめた。
「いやだ!離せ!離してくれ……!」
相手はめちゃくちゃに暴れて腕から逃れようとするが、結局直江の腕にはかなわない。
有無を言わさずベッドまで連れてゆかれて組み敷かれた。
「高耶さん、落ち着いて。お願いだからこっちを見て」
わけがわからない直江は、ただその瞳を見つめて落ち着かせようとするより他に何もできず、きつく目を閉ざしたままの妖精に胸を痛めた。
一体どういう理由でこんなにも自分を拒絶するのかがわからないが、相手はひどく自分を恐れている。逃げたくてどうしようもなくて、今も自分の腕の下で足掻いている。
「高耶さん……私が何をしたのかはわかりませんが、そんなにいやなら今は出てゆきます。でも、お願いだからきちんとベッドで寝てください。……冷えてしまいます」
直江はやがて、いやいやをするように首を振り続ける相手から、そっと身を除けた。
「怖い思いをさせてすみませんでした」
呟いてベッドから離れようとする彼に、苦しそうな息を吐きながら高耶が身を起こした。
「違うんだ、なおえ、そうじゃなくて……」
はあはあと肩で息をする彼は、まるで身の内の何かと戦うような様子だった。暴れ出しそうになる何かを懸命に押さえ込んででもいるような。
「高耶さん……?一体……」
それに気づいて、直江は膝を乗り上げるように彼に近づいた。
「なおえ、……なおぇ……」
腕を伸ばして直江の肩を掴んだ高耶は、身を乗り出して相手の唇に吸いついた。
(04/02/10)