シャッ……
黒刃一閃。
声を発したその唇が元の形に戻ったときには、既に標的の手に銃はなかった。
―――否、銃を握った右手首それ自体が、男の体を離れていた。
「―――ッ」
その場に崩れ落ちる標的に、どこか憐れむような眼差しを落として、銃を握ったままの右手首を遠くへ蹴り飛ばしたカゲトラは独り言のように呟いた。
「お前の敗因は二つだ。
こんな世界に生きているくせに、常識に囚われすぎたこと。
そして、情報収集の不足。自分が戦おうという相手がどういう人間であるかということ程度は、徹底的に調べておくべきだったな」
しかしそんな台詞が相手に理解できていたかどうかは甚だ怪しかった。激痛に地へ両膝をついている状態では。
それでも大声を上げないところはさすがに一つの組織を率いていただけのことはある。
けれど、もはや戦闘能力は失われたことだろう―――と、彼は判断した。
―――だが。
次の瞬間、彼は本能的なシグナルに従い、ぱっと横に飛び退って、芝の上に身を丸めて転がった。
つい一瞬前まで彼がいた場所を、弾丸が飛んでゆく。
「油断は……貴様も同じだ」
標的が、どうやら隠し持っていたらしい第二の銃を、残った左手に構えていた。しかし既に瀕死の状態である。ともすれば崩れ落ちそうな体を、気力だけで起こしているのだ。
最後の執念。相手を撃つにはたった一発でいい。それに全てを懸けるのだ。
「……なかなかやる」
ふ、と唇を緩めるカゲトラに、
「これで相討ち、だ……」
―――最後の力で、男は引き金を引いた。
音はない。
当然ながらサイレンサーがついているのである。
そして、地に伏したのは一人だけ。
男は二度と動かぬ肉の塊になって崩れ落ちていた。その喉にレイピアが突き立っている。
カゲトラが投げたものだ。
けれど、カゲトラの様子も尋常ではなかった。
「あ……あ……あぁぁぁ」
裂けんばかりに見開かれた双眸。
それは眼前の死体も、空も、月も映してはいない。
四肢は凍りついて、やがて小刻みに震え始めた。左手から、鞘が落ちる。
その姿は、恐ろしい衝撃を受けた人間そのもの。
―――ただし、それは体にではなくて、心に。
「あ、ああああああっ!」
彼は自らの叫び声に弾かれたように、転げんばかりにして死体のところまで駆け寄ると、膝をついて手を伸ばした。
その手がぶるぶる震えながら掴んだものは、たった今銃弾を放ったばかりの銃。
高く差し上げて月の光に当て、何度もひっくり返しては銃身を確認する。
「 !? 」
台尻の角に。
見覚えのある傷があった―――
間違いない……
サイレンサーの立てる、微かな音で、彼は気づいたのだった。
その銃が一体誰のものであったかを。
「あ……なお……」
二年前、あのときに直江が使っていたまさに同じ銃だった。
自分が開崎に斬りかかったときに直江がこの台尻で刃を受けた、あの傷が残っている。
しかしそれを持っていたのは、ここで息絶えているこの男。
どうして?
どうしてこの男が直江の銃を持っていた?
直江に、何があった―――?
「あ……」
足元から、冷たいものが這い上がる。
「あぁ、あああああぁぁ」
彼の全身が激しく震え出した。
両手がばたりと落ち、銃が芝の上に転がる。
空になった手が頭を抱えた。
そのまま地面に突っ伏して、咆哮する。
「あぁぁぁぁ……なおえぇ―――!」
押し寄せる、怒涛の想い。
無理やり押し沈め、踏みつけて溜め込んできた感情が、すべての枷を外されて、あふれ出す。
ありとあらゆる……激情が。
「うわああああああ!」
拳で地面を叩いていた。
叩いて叩いて、芝がなくなり地が剥き出しになり、手が血と泥にまみれるまで。
そうして、彼はゆらりと立ち上がった。
02/07/26
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