the call



Let me tell you the story     
about the call      
that changed my destiny...

















 ピー、ピー、ピー……

    コール
 緊急回線が鳴り始めた。
 書類と吸殻の散乱したデスクに突っ伏して眠りに落ちていた千秋はしかし、一瞬で覚醒し、耳の後ろにある、ちょっと見ただけではわからない小さな出っ張り状のアクセプトキーを爪の先で押した。
 その小さな受信機が発する電磁波の周波数に即座に対応し、眼前のディスプレイが勝手に起動した。
 黒いその画面の向こうには何も見えない。映像は送られてこないのか。
 ただ、受信の点滅表示がちらついているのみだ。
 『管理者』と自分たちエイジェントとを繋ぐ、完全な縦回線。
 非常用の特別仕様で、受信者がどういう状態にあっても連絡がつけられるように、その受信機は体に直接埋め込まれている。
 基本的に耳で聴くものなので、大抵はその取り付け位置は耳の周辺だ。千秋の場合はこの通り、耳のすぐ後ろ、少し窪んでいる場所にそれはあった。
 この受信機は『管理者』からの呼び出しが入ると特殊な電磁波を発し、映像情報を伝達する必要がある場合には手近のディスプレイにハックをかけてそこに映像を投影するようになっている。
 今、千秋の目の前で起こったことがそれなのだった。


 一体何が起こったのだろう。

 滅多に使われないこのコールが使われるときは大抵、あの無機質なオペレーターの声が、よくない報せをもたらすのだ。
 聞こえてきた声はしかし、オペレーターのそれではなかった。

「……千秋っ !? 」

「 !? 」
 よく知った、けれどここから聞こえてくるはずもないその声に、思考がフリーズする。
「な……高耶、お前、何でこのコール…… !? 」
 まさにこの相手を心配しすぎてろくに眠れもせず、嗄れてしまっていた喉から、洩れてきたのは、自分でも自分と思えないようなひどい声だった。
 けれど相手には受信者が間違いなく自分であることが、わかっているようだった。
「悪いけど説明してる暇はねーんだ。用件だけ言う。
 ―――ねーさんが連れてかれた。あいつらに」
「なっ !? 」
 半ば予想していた事態。
 しかし、それを突きつけた相手は、意外にもしっかりした声で続けた。
 常の、というか素の彼ならば、取り乱してしまっていてもおかしくはなかったのだが。
「オレは今、そこへ向かってる。来てくれるなら、湾岸南線の下槻ICだ。
 三十分待つ。―――じゃあな」
「ちょっ、……おい !? 高耶 !? 」
 叫んでも既に遅い。
 コールは既に切断されて、ツーツーと意味のない音を返すだけだった。
 あとに残されたのは、黒いディスプレイに置き土産のように浮かび上がった地図だけ。湾岸南線のそれと、もう一枚、どうやって手に入れたのかわからないが、例の組織の施設の平面見取り図のようだった。

その二枚を見ながら、千秋は苦く唇を噛んだ。

「……言いたいことだけ言って切りやがって。
 ―――しかも一体どうやって回線をハックしたんだ?あいつ……」

 かき上げた前髪をぐしゃっと握りつぶしながら、千秋は椅子の上に左足を上げてその膝を抱え込んだ。




「連絡はついたようですね」
 顔は前方を睨みながら、声だけを隣へ向けて直江が言った。
 夜の街を、深い緑色をした車は滑らかに走っている。
「うん。これであいつが来るにしても来ないにしても、あとはあいつ次第だ。
 ありがとう。ほんとに助かった」
 助手席の前のダッシュボ−ドに端末を仕舞っていた青年が、運転席へ顔を向けて軽く頭を下げた。
 その感謝は心からのもの。
 賛辞を含んだ言葉に、直江は少しだけ首を振って唇で微笑んだ。
「―――いえ。専門分野ですから」

 しばらく、車内には沈黙が落ちた。

 ハッキングを専門分野と言った直江。
 事情を聞いてくれるなと言う青年。
 お互いに、互いの抱えるものが何であるのかをほぼ察していながら、けれどそれを口には出さない。
 ここで見たこと、聞いたことは他言無用。
 この場限りで忘れることなのだ。
 一本の間違い電話が偶然結びつけただけ、一瞬すれ違っただけの人間同士。
 そう、思うべきだった。
 これ以上突っ込んだことを聞くようなものじゃない。
 だから、沈黙する。


 直江がハンドルを握る車は、湾岸南線を目指して滑らかに夜の街をひた走っていった。



「……ICに着きます。彼を待つ間、しばらく休憩を取りましょう」
 やがて、無音の中間走行の果てに、直江は言った。

 深夜の高速道路は、長期便のトラックなどで賑わっているにも関わらず、どこか静かだ。
 静か、というよりも、淋しいのかもしれない。
 街の喧騒や喧しい排気も、夜のオレンジ灯のもとにあっては別物になる。
 煌く夜景も、まるで、忘れ去られたように淋しい空間と化してしまうから。

「ああ……」
 呟くように答える青年は、どこかぼんやりと、そんな夜景に見入っていた。


 下槻ICを出たところで車を道路わきに寄せて停車する。
 エンジンを切ると、辺りはひどく静かだった。

 直江はドアを開けて外に降り立つと、胸ポケットから煙草を取り出して、長い指を箱に突っ込み、引き抜いた一本を唇に挟んだ。
 火をつけて、ふっと煙を吐き出すと、夜風がその紫煙をさあっと流してゆく。

「……オレにも一本くれる?」

 背中からそう声をかけられて、直江はゆっくりと振り向いた。

 青年は、ウィンダムの天井に両腕を預けて、組んだ手の上に顎をのせていた。
「……どうぞ」
 箱を差し出し、直江はライターを取り出した。
 ボッと音を立てて、青い炎がともる。
 その腕を伸ばして青年の口元へ火を与えると、唇に挟んだタバコに火が移った。
「ふうっ……」
 吐いた息が直江の方へ流れて、彼は少し息をつめた。
「……」
 言葉は必要なかった。
 ただ、静かに煙をくゆらせるだけ。
 互いに互いを普通の人間ではないと認識していながら、口にはしない。
 それはそのままに、一時限りの相棒と認めている。
 青年には直江がどうして自分を助けてくれるのかわかっていないし、直江にも相手の事情はわからない。
 ただ、青年は直江を信用し、直江もまた青年を気に入っているからの関係だった。
 名前すら知らずに。それでもことは足りた。
 名前なんて要らなかった。言葉をかわし、目で語り、沈黙で量りあう。
 それで十分、ことは足りた。
 これから待つ危険な時間も、この相手なら安心して任せられる。
 無言の信頼が、そこにはあった。

 あなたはどうして?
 おまえはなぜ?

 語られない問いはただ、そこにあった。
 それが沈黙を破るのは、仮に起こりうるとしても全てが終わった後だろう。
 今はまだ、偶然。
 ただすれ違っただけの他人。

 それがいつか必然に、運命になるのはいつのことだろう―――




02/07/12



もう、毎回コメントすることに決定っ。(笑)
さてさて、ようやく、ちーの登場vv
でも何もやってない……う〜ん。
ちなみに彼はお察しのとおり、高耶さんの同僚です。だから「コール」なんてものも持っている。
つまり、言い換えると、高耶さんにも埋め込まれてるのですよね。あの受信機器。
う〜ん、自分で書いておきながら、痛そうだ……(笑)

次回かその次くらいで目途を立てたいなぁ。
何はともあれ、ここまで読んでくださってありがとうございました。
ご感想などbbsにでも頂けると天に昇りますvv




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