松本市の山手にある団地にはこの季節、優秀なUVカット日傘すらも突き抜けて刺さってくる危険なほどの陽光が降り注いでいます。
普段は週に二回見られる光景が、この季節は何と毎日見られます。
さあ、今日は大暑の頃の一幕を覗いてみましょう。
世にも反則な超絶イイ男のチャリ豆腐屋と、時代も違う神田川な生活を健気に生きる兄妹との物語。
その真夏のお誕生日編、
これより開幕いたします〜
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
初心な少年とその恋する相手が初めて抱擁を交わしたクリスマスから、季節は半周巡って大暑である。
この半年の間、日々は変わりなく過ぎていた。
豆腐屋見習いは相変わらず団地の奥様連を総なめにして、食卓における豆腐普及率をせっせと向上させており、パワフルなおば様方の後ろから金ダライを捧げ持って辛抱良く順番を待つ少年の姿もいつもの通り。
修行中の男の身の上ではデートもままならず、短い逢瀬といっては少年が豆腐を買いに来る際に交わす僅かな会話のみだ。尤も豆腐屋の師匠とて、岩のような頑固面の下では弟子と健気な少年の恋を暖かく見守っているのだが、口では厳しい言葉しか言わないので(例:『見習いの分際で色恋沙汰など言語道断じゃ!』)、生真面目な弟子は師の言いつけ通り羽目を外すことなく中学生的スローお付き合いに留まっているのだった。
そしてこの猛暑。
フライパンなんか見たくもないわ、炒め物なんてやってられますか、とウンザリした奥様連はことごとく冷や奴(&もれなく付いてくる爽やかなスマイル)に走り、豆腐の売れ行きはまさに飛ぶような勢いだ。師匠は全身から汗を飛び散らせながら豆をふかし、撹拌し、型に流し込む作業に昼夜を忘れ、弟子は洗濯のし過ぎで作務衣の色が変わるほど外回りをこなしている。
団地の食卓は涼しくて済むのだろうが、それは生産者の苦労の上に成り立った幸せなのである。
訳あって両親共に不在のため、兄妹二人で頑張っている子子家庭でも、東川豆腐店のできたてぷるぷるつやつや豆腐が今まさに冷や奴にされようとしていた。
「最近直江さんの様子どう?」
「え?」
兄が買い受けてきた白い恋人をガラスの器に盛り、輪切りにしたネギ(ベランダで自家栽培)と申し訳程度の鰹節で飾ってやりながら、妹が背中越しに兄に訊ねた。汗を垂らしながらそうめんを茹でている兄が振り向くと、ぷるぷる震える白い恋人に見入りながら、妹は真剣な表情をしている。
「ここんとこ毎日みたいにここに売りに来てるし、友達に聞いたらあっちもこっちも毎日飛び回ってるって目撃情報がクラス中から上がってたよ。この暑さだからお豆腐も良く売れるんだろうけど、その暑さの中で町中走り回ってる直江さんの体調が心配だよ。
顔色とか大丈夫だった?」
「いや、相変わらずのイイ男っぷりだったぜ。奥様連もめろめろ」
自分に豆腐を渡してくれながら微笑んだ顔を思い出して少年がぽーっと赤くなる。実のところ、少年に対するときの男の笑顔は、奥様連へ向けるものとは訳が違う最上級のものなのだが。
「そう?ならいいんだけど。今度何か栄養つきそうなもの持って行ってあげたら?きっと喜ぶよ」
大学生にもなった男子が赤くなっているというのに、この兄なら何ら違和感がない。間違っても可愛いタイプの顔立ちではないのに、不思議なものだ。たぶん中身の真っ直ぐさが表に現れているのだろう。
対照的に中身がしっかり者で見た目は愛らしい少女は、兄のことをそんな風に分析していた。
「今巷で旬なのはやっぱウナギだけど、うちにはそんな余裕ないしな……」
「そこまで豪華じゃなくても、お兄ちゃん手作りのおにぎりで充分元気出ると思うよ」
「おにぎりか。よし、そしたら具で勝負だな」
兄は早速スーパーのチラシをチェックし始めた。
「おっ、肉が安い。じゃあこれでスタミナ満点・焼き肉おにぎりを……」
「お兄ちゃん、そうめん茹ですぎだよ……」
ぶつぶつ呟き始めた兄は、自分が担当していたそうめんのこともすっかり頭から消してしまっている。妹は恋する純情少年と化している兄を微笑ましく思いつつも内心溜め息をついた。
この夏こそ進展してよね、と。
そろそろパトロンが現れてくれないとさすがに家計が危機なのだというのが本音の半分である。もちろん純粋に兄の恋を応援する妹心の方が勝っている。―――たぶん。
と、このように色々な理由から妹の強烈な援護射撃を受けている兄は、ガラスの器の中で食べてくれるのを待っている健気な冷や奴と、茹でられ過ぎてがっくりとうな垂れたそうめんをそっちのけで、チラシと首っ引きだった。
「じゃ、お先に」
恋でおなかが膨れるって素晴らしい、と勝手に納得して、食べ盛りの妹は容赦なく自分の腹を満たした。
はっと正気に戻った少年が気づいた時には、食卓には申し訳程度に一口だけ残されたかわいそうな白い恋人(トッピングは既に無し)と、茹でられ過ぎたうえに長時間放置されてぬるくなり、二倍の太さに膨れ上がったのびのびそうめんが一掬い、恨めしそうに皿の上に横たわっていた。
(美弥……っ)
ノォォォォ……!
と天井を仰ぐも、恋する少年はチラシに(正確にはチラシの真ん中に舞い踊る『牛ばら切り落とし100g298円!』の赤文字に)目を落とした瞬間、幸福で満腹な恋心が甦り、元気を取り戻したのだった。
08/07/23
高耶さんお誕生日おめでとうございます!
かなり久しぶりの豆腐屋直江さんです。
このシリーズはばりばりコメディなので、脳みそがコメディモードにならないと筆が進みません。書きながら自分が笑ってしまうぐらいの気合でないと、コメディにはならないです。難しいです。人を泣かせるものを書くより、人を笑わせられるものを書く方がずっと難しいなあと思います。
……まあそんな呟きはおいといて。
本当に久しぶりすぎて、肝心の豆腐屋がまだ出てきていません(笑)
テンポが掴みきれていない感じが。
その分、美弥ちゃんが強烈に存在感をアピールしています。
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Happy birthday, TAKAYA !!