少年を伴って畳の茶の間へ上がっていった師匠の背中を見送る男の視線が恨みがましくなるのも無理はない。なぜといって、この少年こそが彼の想い人であるからだ。彼が相手にアプローチできずにいるのも、同じ理由だった。
彼の葛藤も、逡巡も、当然である。
恋をした相手が未成年の、しかも同性となれば、男は立派な変態である。
彼自身、よくよく自分の気持ちを見つめ直したのだ。確かに少年のことは好ましいが、それはたとえば小動物を愛しく思うのと同じ、優しい愛情ではないのかと。恋情ではなく、慈しみなのではないかと。
しばらくはそう思うことで自分を納得させていたのだが、そんなまやかしは長くはもたなかった。愛する豆腐に少年の面影を重ねてしまうようになり、その豆腐をじっと見つめてしまうようになったとき、男は悟った。自分は立派な変態の仲間入りをしたらしい、と。
けれど、そこで開き直って相手に迫るほど、男は理性のない人間ではなかった。人を慕うのは勝手だが、無理に相手をどうこうすれば、相手が同性であれ異性であれ、犯罪である。しかし、相手を傷つけずにただ心の中で想うだけなら相手が未成年でも同性でもよかろうと、そう結論づけて、一言も想いを告げぬまま今日まで過ごしてきたのだった。
彼にとって心強いことに、今では、想い人の唯一の身内であり、被保護者でありながら、ある方面では完全に保護者側になっている妹が、全面的に彼の味方をしてくれている。
彼女にしてみれば、兄の貞操やら世間体やらを気にするよりも、限りない本物の(と見受けられる)愛情と経済力(今は修行中でも、いずれは豆腐屋を継ぐ身だ)を併せ持つ男に保護者になってもらう方が自分たちの生活のためにはプラスだ、というシビアな計算が働いている―――のかもしれない。
そういうわけで、男は豆腐以上に惚れ込んでしまった少年への思慕を懐であたためつつ、豆腐にその面影を重ねる日々を過ごしているのだった。
一方、用事もないのに早朝―――豆腐屋の仕込み場の壁に掛かっている、昭和初期らしき古めかしさを醸し出すゼンマイ式掛け時計が指し示すところによると、只今早朝四時二十一分である―――から豆腐屋に立ち寄った少年もまた、小柄な体のどこからこんな力が、と皆が不思議がる師匠にどつかれまくりながらもドリーミングに修行中の、俳優顔負けモデル真っ青の超絶イイ男に、以前から好意を抱いていた。
彼の妹が強力にバックアップしている兄の初恋は、今のところ、すれた大人から見れば昔懐かしさに涙してしまうような、小学生や中学生の恋とも言うべき、可愛らしいものだ。しかしそれだけに純粋である。こんな朝早くから、凍える寒さもものともせずに、男の顔を見に来てしまうほどには。
豆腐屋の主人が心配したのも当然で、手袋すらはめていない少年の手は、指先が真っ赤になっていた。一歩間違えばしもやけである。
訳あって二親と離れ、妹と二人の子子家庭になっている彼には、新しい手袋を買う余裕もないのかもしれない。
鬼の目にも涙、老豆腐屋は不憫さのあまり、ふるまう茶椀に茶を注ぐ手が震えてしまった。しかし、同情の眼差しを相手に向けることは決してせず、黙って、どん、とコタツの上にごつごつした備前焼の茶椀を置くのだった。―――しかし実のところ、少年は手袋を買う金が無いわけではなく、恋する相手に会いに行くという状況にドキドキするあまり、手袋をはめてくるのを忘れた上、しかも内側からぽかぽかなので寒さを全く感じていなかっただけだったりするのだが。……むろん、老人にとっては知らぬが仏である。
「あっ。いただきます」
遠慮がちにコタツ布団をめくって膝を入れた彼は、目の前に置かれた武骨な茶椀に頭を下げ、冷え切った指先で熱い茶椀を包むようにした。
「熱いから火傷せんようにな」
すぐ手の届くところにある古めかしい戸棚をごそごそさせて、昔懐かしい木目調の菓子盆を取り出しながら、弟子には鬼のように厳しいながら実は大変な人情家である東川老は、孫のように思える少年をぶっきらぼうな口調で気遣うのだった。
しばし、そこだけを見ればまさに昭和初期にタイムスリップしたかのような、畳に和布団のコタツにコチコチ掛け時計に木目調菓子盆に備前焼湯呑に鬼瓦煎餅 with カミナリ親父、の茶の間には、瓦のように硬い煎餅を丈夫な奥歯で噛み砕く音と、湯気をたてる茶椀から玄米茶を啜る音とが、繰り返された。
ぴしゃりと閉ざされた障子戸の向こうでは、修行中の弟子がルーティンワークマシンと化して黙々と作業を進めながらも、生身の人間としての部分(つまりコイゴコロに溢れるお脳)では一瞬たりとも気を抜かずに、戸一枚隔てた茶の間の様子に聞き耳をたてている―――が、得られるのは茶を啜る音と、煎餅を噛み砕く丈夫な奥歯のデモンストレーションのみなのだった。
やがて、障子の向こうではバリバリガリガリズウズウという三拍子がいつしか立ち消え、こちらでは型から外した豆腐を水槽へ移す作業がほぼ終了したころ、カラリと障子戸を引く音と共に、おっかない師匠の顔が現れて、水蒸気に包まれて作業中の弟子へ声が掛けられた。
「弟子よ」
むっつりと寄せた眉からは、次に飛び出す言葉が果たして良いものであるか悪いものであるか、窺い知ることはできない。滅多にない労いの言葉かもしれないし、作業が遅いとどやされるのかもしれない。ある意味、賽の目のようなものだ。
「は、はい!」
師匠よりも二周りも大きい弟子は、その大きな体を縮めてすぐさま返事をした。間髪入れずに返答しないと即座にカミナリが落ちるということが、これまでの経験からわかりすぎるほどわかっているのである。
さて、お師匠のご託宣は吉凶如何に、と小柄な老人を仰ぎ見た男に、与えられた台詞は意外なものだった。
「送っていってやれ。まだ外は暗い」
帰り支度をして障子戸を引いた少年に顎をしゃくって、老豆腐屋はのたまったのである。
「えっ !? そんな、お仕事中なのに。だめですよ」
師匠の弟子が喜色を表すよりも早く、少年が目を丸くして首を振った。勿論、彼にしてみれば願ってもない申し出であるが、そこで我が侭を言えないところがまた男にとっては愛しいトコロである。
その『効果』は、何もコイゴコロに千々乱れる男にのみ影響を与えるのではなく、若いのに苦労して毎日を生き抜いている少年に孫を思うような慈しみを感じている老人にも、充分に働いた。
小柄な老人は、胸を反らしてドンと拳で叩き、
「何の、わしはまだまだ現役じゃ。弟子が抜けたところで問題はない。連れていけ。
外は寒いが、この図体なら風よけ程度には役に立つじゃろ」
とふんぞり返ったのだった。
→後編
04/12/25
す、すみません……。
「中編」です。前後編で収まりませんでした。
次回こそ、fin.マークをつけます!
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何故だか今年も、クリスマス企画に登場。