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第四章 介抱
次に起こされたのは家の前だった。助手席のドアに片手を掛けた男がこちらを覗きこんで肩を叩いてくる。
「お家に着きましたよ。降りられますか?しんどいようなら私がお手伝いします。」
「……いや、だいじょうぶ。」
言うそばから体勢を崩してしまう。男はすかさず手を伸ばし、脇の下に腕を差し入れて背中をがっちりと支えた。
たぶん体重の大半を男に預けて、何とか玄関まで辿り着くと、男は家主に律儀に断って鍵を開けると、足の立たない家主を中へ連れていった。
ひとまず茶の間のラグの上に下ろされ、
「ベッドはどこですか?お布団なら敷きなおしましょう。」
「結構です。ここまで連れてきてもらったら充分ですから。オレは大丈夫です。」
「ここまで来たのだから、あとはついでですよ。あなたを布団に入れるまでは帰れません。」
男は冗談めかした物言いだったが、こちらを見る瞳は真剣そのものだった。
「あなたが動けないのはわかっていますから、場所を教えてください。失礼ですが手を出させていただきます。」
「……わかった。オレの布団はそこのドア開けた部屋にある。」
「はい、じゃあすぐに支度します。」
「うん……ありがとう」
「当然のことですよ。」
自室のドアへと消える背中をぼんやりと見ながら、ラグにへたり込んだ。一度腰を落としてしまえばもう、立ち上がることはおろか、身動きすら億劫だった。
男が戻るまでのほんの短い間すら、意識は保っていられなかった。
次に記憶にあるのはひんやりとした手のひらが額を触る心地よい感覚。母がいたころは熱を出せばこんな風に面倒を看てくれた。でもこの手のひらは母のじゃない。もっとずっと大きな、額を覆って余りある大きな手のひら。
まだ眠っていて……ずっとここにいるから。
そんな優しい言葉が聞こえた気がした。落ち着いた低い男の声がゆったりと鼓膜を撫でている。
これは誰だっけ。
全く覚えていない父親も、こんな感じだったのかな……
その後も何度か、同じようなシーンが繰り返された気がする。
ひんやりとした手のひら。
優しい言葉。
雲の中を漂うような浮遊感。
暗転。
そして……目が覚める。
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