|
第三章 邂逅
ふっ……と意識が浮上する。ああもうすぐ目を覚ます……と自分でわかる。
覚醒前のその独特の浮遊感にたゆたいながら、水面を目指す。
「……だ、連絡は……せんか」
「……だそうです……から、お伝えしておきました」
水の上で誰かが会話している。
「……は、ご両親が既に亡くなられて」
「でも、保護者は」
「彼の叔父にあたる人物が保護者になっています……が、出張中だとかで迎えには来られないそうです。どうしましょうか」
「そうですね……では、他の親戚の方をあたってみましょうか」
ぞくぞくするような全身の寒さは、点滴のせいだろう。
けれど、それ以上に体が冷たくなったのは、頭の上でなされている会話の内容がわかったせいだ。
自分にとって最も忌むべきキーワードを耳にした瞬間、自由の利かない体で、気力だけで跳ね起きた。
「……めてくれ……っ!」
激情のままに身を起こし、叫ぶ。驚いて振り返った二人の人物が慌てて駆け寄ってくる。
「仰木くん……点滴が」
激しい動きのせいで点滴の針がはずれ、肘に巻かれた包帯が赤く染まってゆく。血相を変えて腕を押さえてくるのは、担任の女性教師だった。
それでも、そんなことはどうでもいい。
「やめてください!誰も呼ばないでいいんだ!頼むから……っ」
問題なのは、信頼できる叔父以外の親戚に連絡を取られてはならないというその一心だけ。
未だに同じ姓を名乗らなければならないことが苦痛でならない、半分だけ血の繋がった姻戚には、何があっても近づきたくなかった。自分を守るのは自分だけだ。その自分が倒れても、たとえ死んでも、あの家にだけは世話にはならない。決して。
「落ち着いて!仰木くん」
ほとんど暴れているといってもいい自分の様子に、もう一人その部屋にいた人物が両肩を押さえてくる。
「わかった、誰も呼ばない、だから、落ち着いて……!」
大きな手のひらが肩をつかまえている。
落ち着いて、と何度も繰り返すその声の抑揚を知っている。聞いているとゆっくりと心が落ち着いてゆく、あの声。
誰……
見上げると、それは、母を知るあの男だった。
じっと見つめてくる瞳がとても綺麗に澄んだ鳶色であることを、ふと、覚えた。
「―――私、先生を呼んできます」
どうにかこうにか落ち着いた自分を見て、担任は病室を出ていった。途中で無理矢理終わってしまった点滴のことを何とかしなければならないのだろう。
部屋に残されたのは、静かな沈黙と、一人の女の幻影を挟んで存在する二人の人間のみだった。
|