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夜の桜は街灯に照らされてほの白く、幻想的な光を帯びている。
冷たい風と、凍ったような白い花と、冴えた月の光が好きで、今夜も一人、散歩する。
目指すのは、何ということもない小さな道の上へ枝を広げている一本の大きな桜の木。根が植わっているのは小学校の敷地内だが、枝は半分以上が柵を越えて外へ張り出している。
この桜の下は車がやっと一台通れる程の小さな道で、夜になると全くと言っていいほどひと気がない。
ぶらぶらと散歩して歩くにはもってこいの場所だ。
疎らではあるが車の通る道を渡り、細いその道へ分け入ると、緩やかなカーブを経て、目的の木が視界に入る。
白い光をまとったような大きな桜の木。はらはらと散る花びらは銀の雨のようだ。
静かな……静かなその空間に、今夜は一つだけいつもと違う点があった。
人がいる。
桜の木の下に、普段は全く何もないその場所に、今夜は先客がいた。
それはシルエットから推して、成人男性であるらしい。並外れた長身に仕立のよいスーツをまとい、俯く頭は茶色みの強い髪に覆われている。
高耶の足を止めさせたのは、先客があったことへの驚きではなく、その男の姿によるものだった。
男は両手で顔を覆い、桜の下に佇んでいる。
小刻みに震えている肩と、時折指の間からこぼれ落ちる滴を見れば、男がどういう状態なのかは一目瞭然だった。
男は泣いていた。
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