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「高耶、今日は天気がいいし、屋上で食べよう」

いつものように午前中の授業が終わり昼休みになったところで、後ろの席から親友がそんな風に誘いをかけてきたのを、高耶は軽く片手を上げることで同意した。
「久々だな」
広げていた教科書とノートを机の中へしまい、代わりに昼食のパンを取り出して、彼は席を立った。


屋上では、ちょうどよいくらいの陽光と風が、二人を温かく迎えた。
ギシ、と音をたててフェンスに凭れ、袋の口を切ってパンを齧る。

―――高熱で倒れてから、もう一週間が過ぎていた。
高耶は三日で全快し、月曜からは通常通りに授業に出ている。
何もかも、元の通りに。
……いや、むしろ彼は以前以上に良い方向に変わっていた。
授業態度が向上し、遅刻回数もめっきり減っている。何かに荒れて苛々していたのが嘘のように、彼は身に纏う空気をがらりと変えていた。
―――それが、あの古典教師と話をつけてからだということに、譲はきちんと気づいている。


直江はあの不在の夜、吉村と話をつけるために出かけていた。
吉村の父親に決定的な打撃を与えるために、彼はまず、義兄を訪ねたという。
かつての家・橘での兄、照広は、吉村の父親のフィールドにも顔の利く手広い不動産屋だった。吉村のこれまでのリベートの受領証拠も簡単に手に入る立場である。
その兄に頼んで、直江は吉村を脅させた。
それだけではまだ生ぬるいと、彼は吉村の愛人を誑し込み、その女のもとで直談判をしたのだった。
それが思いのほか長くかかって、早朝の帰宅となったのだった。

そうして、高耶の絡んだあの一件はきちんと事実どおりに処理された。
直江は手首の怪我の責任を認めたが、相手方が刃物を持ち出したことに対する正当防衛が成立して賠償責任などは問われなかった。
高耶も同様である。殴ったことは事実だが、頬の傷が動かぬ証拠として相手側の罪を立証したためにお咎めなし。

日々は以前以上に滞りなく平和に過ぎていた。


「それで、直江先生は結局何を言いに高耶ん家行ったのさ?」
高耶と同じようにフェンスに凭れてパンを齧っていた譲が、ふと悪戯な顔をして問うた。
「な……」
突然の問いに、高耶はパンを喉に詰まらせる。
「〜〜っ」
胸を叩きながら、聞かないでくれ、と必死の形相が雄弁に語っている。
深志の仰木も、こうなれば可愛いもんだ、と相手の顔が染まるのを見て譲は小さな笑いをもらした。

幸せそうだ、と彼は青い空を見上げた。
捨て猫はどうやら一生の飼い主を見つけることができたらしい。
懐いて懐いて、別人のような稚い表情を見せるようになった彼の笑顔がそれを語る。


オレも『子離れ』しなきゃな、と譲は一人、笑った―――



fin.02/11/01




back:Embrace



というわけで、完結しました……。ど、どうでしたでしょう?泉さま。魁的には紆余曲折ありの仕立てになったと思っておりますが、お題をクリアできていたでしょうか。 最後までおつきあいくださった皆様にも、本当にありがとうございましたvv(02/11/01)


お読みくださってありがとうございましたvv
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泉 都さまに捧げます。

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