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大人なんて、みんな同じだ。
わかったようなこと言って、オレたちを振り分けたがる。
自分たちに都合のいい物差しを持ってきて、扱いやすい子どもだけをおだてて、残りを排除するのが、教育というやつか。

ふざけた話だ。

自分たちの汚さを暴かれまいと必死になってオレたちを排除しようとする。
物分りの良い、都合の悪いことをわざわざ口にしたりしない、『いい子』を集めて満足している。

そんなものが、教育なのか?


オレは教師というものを、徹底的に嫌っていた。
たぶん、この世のあらゆる汚さの元凶は、やつらの『教育』のせいなのだ。
わかったような顔して人権について語っているあの姿、反吐が出る。いっそ笑い出したくなる。
排除を教える人間が、どの面下げて万民に平等な人権なんかを語るっていうんだ。
みんな仲良くしましょうね、だと?
目を瞑って腹を探り合いましょうね、とでも言ったらどうだ。正直に。

オレは、大人が大嫌いだった。


オレは、いつの間にか近隣でも有名な悪ガキになっていた。
深志の仰木高耶と言ったら、泣く子が黙るかどうかはわからないが、少なくともそのへんの大人ならみんな眉を顰めるだろう。

そんなオレだから、隣町のガキとのケンカ程度は日課のようなものだった。

でも、今度の一件については、全く身に覚えのない話だったんだ。


「お前という奴は!昨日隣の市のガキどもを叩きのめしたそうだな。向こうの学校からクレームがついたぞ、何度目だ、一体!!」
だるそうに重役出勤してきた高耶をつかまえて、生徒指導の強面教師が唾を飛ばした。

彼が校門をくぐるなり、転げるようにして生徒指導室から飛び出してきたこの教師は、生徒の話を聞かないで有名な、高耶の最も嫌いなタイプの『先生』だった。
まして、今朝は覚えのないクレームをいきなり突きつけられたのである。
「……オレじゃねーよ」
襟元をつかまれても投げやりに横を向いて、高耶は見下すように斜め視線を返したのみ。

その態度がいっそう相手の怒りをそそり、頭に血を上らせた教師は襟をつかんで高耶をぐらぐらと揺さぶりながら大音声で詰問した。
「何だと !? とぼけても無駄だぞ。相手が言っているんだ。仰木と名乗ったと!」

「だから、オレじゃねーつってんだろ!」
高耶は両目を怒らせ、その手首を容赦なくつかんで振り払い、相手をよろめかせた。
「仰木!!」

再び両手で掴みかかろうとする教師を、背後からとどめる手があった。
「彼じゃありませんよ」
怒り顔で振り返ると、転勤してきたばかりの新顔がそこにあった。
「直江先生?何を……」
戸惑って問う教師に、国語教師は淡々と言葉を紡いだ。

「昨日は彼はずっと一人で公園にいました。たまたま家の窓から見下ろしたら姿が見えたので気になって見ていたんです。
私の目がおかしくなったわけでなければ、仰木君は昨日一晩、ずっとあの公園にいましたよ」





02/09/01




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「あんたさぁ、なんであんなこと……別にオレのことなんか放っときゃよかったのに」
生徒指導の教師が去って、高耶は横を向いたままそう言葉を発した。
「どうしてですか?私は事実を述べたまでですよ。
……強いて言うなら、気になったからです」
投げやりな態度にも、直江は頓着しない。
にこりともせずにそう返されて、高耶はリアクションに困った。相手が一体どういうつもりでいるのかさっぱり読めないのだ。

「なにが」
仕方なく、そう短く返す。
相手は変わらぬ淡々とした口調で続けた。
「何度か下を見ましたが、ずっとあなたは同じ場所に座り込んでいました。それがどうしても気に掛かって。
結局下まで降りて行って声をかけることはしませんでしたが」

しばらく沈黙してから、ぽつりと高耶は呟いた。

「……偽善者」

ぴしり、と空気が変わった。

「……」
直江は返事をしない。
「……そんなこと言ったって、誰も本当にわかろうとなんてしやしない。
下手に手出しなんかすんじゃねーよ」
突っ張って、可愛げのない台詞を吐く高耶に、直江は意外にも無表情だった。

「善のつもりなんて、そんな立派なものじゃありません。あなたのためじゃない。ただ本当に、気になっただけなんですから」
怒りもせず、どこか別の場所でも見るような表情で淡々と呟く。
その瞳が心の読めない澄んだ琥珀色であることを、高耶は脳の別の一角で観察していた。


――― 一体どういうつもりなんだ。
全く意味がわからない。
わざわざ札付きの不良である高耶を庇うような発言をしたかと思えば、突き放すような言葉を返す。
意図が読めない―――


初めて、その無表情が怖いと思った。
凄まれても、胸ぐらを掴み上げられても怖いなどと思ったことはなかった自分が、この静まり返った面を怖いと思う。
何を考えているのかわからない。
そう、得体の知れないものに対する恐怖にも近かったかもしれない。

突っ張ってみても、優しい手をどこかで望んでいた自分が、期待するなと振り払われた。
それが、自分の奥底に巣食う根元的な不安と結びついたのだろうか。


―――それが、すがりたいと思ってしまった相手に突き放されたがゆえの不安だったのだと、彼が気づくまでには、まだ長い時が必要だった。




02/09/09




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「高耶?今日は遅かったね。
ところで何でそんなに機嫌悪いの」
授業中だということにも全く頓着せず教室に入って、乱暴に椅子を引いて座ると、唯一の理解者ともいえる相手が後ろの席から小声で言ってきた。
「生指にとっつかまっていちゃもんつけられてたんだよ」
腕を組んでだらしなく背に凭れ、半分目を瞑ったまま高耶は答える。
「それっていつものことじゃない?普段なら気にもしてないのに、どうして今日に限ってそんなイライラしてるんだよ」
親友の目は鋭い。高耶の中のもやもやをすぐに見抜いて、心配してきた。
「後で話す」
呟くように言って、高耶はそのまま眠り込んだ。



「はぁ?助け船を出された?あの直江先生に?」
昼休みになって、屋上でパンにかぶりつきながら事の経緯を話すと、譲が首を傾げた。

「変だ。あの先生、他人のことに首なんか絶対突っ込みそうにないタイプだと思ってたんだけど……」
しきりに首をひねる様子に、高耶が疑問を抱いた。
「初めて見た顔なんだけど、あの野郎、そういう奴なのか?」
まだ新しく転校してきたばかりの教師のことなど、全く記憶していなかった。
「高耶……もうちょっとまじめに授業受けようよ。何度も教わってるって」
少し呆れたような、咎めるような表情になって譲はそう言ったが、すぐにその質問に対する返事を続けた。
「一見、人当たりとか良くて、女子とかには人気高いんだけど、ほんとはけっこう淡泊な人だと思うんだ。勘だけど」

なかなか鋭いところを突いている気がする、と高耶は最後の方の男の様子を思い出して内心で呟いた。

「そんな人がわざわざ助けてくれるなんて変だよ」
譲は眉を寄せた。
しかし、
「別に、気にしたって仕方ねーよ」
もうふっきれたのか、高耶の方が冷めてしまっている。

こうなったら、彼はもう何もかもすっぱり切り捨てて忘れる。
全て葬ってしまうことが、長い間、彼の唯一の自己防衛だった。
普通の子どもには耐えられないようなつらくて苦しいことがあっても、意識的に葬り去ってなかったことにすることで、精神が耐えてこられたのである。
彼が誰とも群れずに、誰にも関わらないようにしているのは、このぎりぎりのドライさからきていた。

その高耶と唯一まともに人間関係を築くことができている親友は、それらすべてをわかっていたから、古典教師のことはまだ気になっていたが、それ以上は何も言わずに、黙ってサンドイッチに口をつけ始めた。



それからは、高耶と直江に接点はなかった。
古典の授業中に同じ部屋に存在してはいるものの、言葉どころか視線すら合うことはなく、高耶は他の授業でもそうであるように、いつも半分目を瞑ってうとうととしているだけだ。
一方、直江の方もただ淡々と授業を行うのみ。大部分の生徒たちからはその穏やかな語り口と程よい厳しさとで高い評価を受けていたが、他の人間と群れることをしない高耶とは、全く言葉すら交わすことはない。

それまでと何ら変わりのない状況だった。
何か変わったとすれば、高耶が教師の顔と名前を記憶し、そして『変な、ムカツク男』というあまりありがたくない人物評価ができあがったことくらいであろう。
そして、その小さな変化こそがすべての始まりになる―――。




02/09/12




next:Bomb shell



感情の動きの激しい、正統なラブストーリィ(←このへんは魁の解釈です)というリクエストでした。
初の試み:教師と生徒!
何だか犯罪っぽさが……ふふふ……(って魁が書いたらお子チャマストーリーにしかならないか/涙)
実は一番しっかり筋が立っているかもしれないこのお話。(02/09/09)
高耶さんの中ではえらい扱われような直江さん。気の毒に。さてここからどうなりますことやら……。(02/09/12)


お読みくださってありがとうございましたvv
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泉 都さまに捧げます。

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