古き時代―――
龍皇の接吻を受けたものは、不老不死となり、永遠に皇を佐けたという。
わかっていた。声を掛けて、人違いかと思って、けれど覗き込んだ瞳を見たとき、わかってしまった。
違う顔、違う言葉、違う仕草。けれど、それは確かに義明だと。
その男が直江を名乗ったとき、すべてのことに気づいた。直江は景虎の暗殺に失敗したことに気づいて、義明を名乗って高耶のもとへ潜入したのだと。
けれど何か思うところあって、義明を演じるのを止めたのだろうと。
「俺を愛してくれたのは、義明だろう?その義明が、なぜ俺を離れてゆくんだ……?」
その訳すらも、わかってしまった。唇で伝えられたあの思い。つい先ほどまでの狂おしい時間。
この男は自分を愛したから、そばを離れることにしたのだ。それがすべてだとうぬぼれるつもりはないが、確かにその決断の一つの理由として、この男の愛が作用したのだ。確信だった。
―――いつから、気づかれていたのか。
抱かれてわかったのか。肌を重ねる至近距離に、嘘偽りを重ねることは容易ではない。まして相手が龍皇ともなれば、房術は幼少より仕込まれているはず。流されているように見せかけて、実のところ頭は冴えて相手を観察していたかもしれない。
それとも、もっと前に気づいていたのか。しかし、それならばなぜ、自分を受け入れたのだろう―――?
四年前、確かに遂行したはずの景虎暗殺は、半年後に景虎本人が表舞台に復帰したことで覆された。この稼業を二十年近く続けていて、初めての失敗だった。確かに、必要以上の接触を避けるため、確実に息の根を止めたことを確認することはなかったが、予想外の生還だった。
依頼期間は既に過ぎていたので、改めて仕事をし直す必要は無かったのだが、腑に落ちない気持ちから再度龍家に近づくことを決めた。接触を最低限に抑える方法で失敗したので、今度は潜入形式に切り替えて、じっくり時間をかけての仕事になった。
髪の色を変え、表情の作り方、姿勢のくせ、話し方やイントネーション、さらには声音も変えて、『義明』という男を作り出す。龍の末端の人間に接触して仲間入りし、その後は順調に過ぎるほど計画通りに事が運んだ。
唯一つの計算外が、ターゲットである人間に対して抱いてしまった、この厄介な感情だった。
暗殺者とその標的。龍家の当主とその守り役。
敵同士であり、身分違いであり、全く未来のない間柄の相手だ。
究極的に自分だけのものにするには―――その命を取る他に手立ては無い。
傍に居すぎては、いつか実際に手を下してしまうかもしれない。そう思うに至り、この件からは手を引くことに決めたのだ。
『義明』をこの世から抹消するのは実に簡単なことだ。姿を変えて、夜会の客に紛れて場を離れれば全てが終わるはずだった。
―――彼があのとき、自分を呼び止めたりしなければ。
ドアの前で凍りついた男の背に、燃えるほど熱いまっすぐな瞳が突き刺さる。
「……義明。いや、直江。―――来い」
青年はベッドに半身を起こした状態で、男の愛撫の痕をそこかしこに残した体を隠そうともせず、そのままの姿をさらして、男へ強い眼差しを向けた。
手を伸ばすことはなく、ただ、まっすぐに視線を与える。
男はその強い視線を背に感じながら、しばし佇んだ。
「直江……!」
そして二度、名を呼ばれて、彼はとうとう振り向いた。
視線が絡み合う。一方は苦しげに眇められ、もう一方は強く見据えられた、二つの視線。
「もう一度だけ言う。ここへ来い、直江」
青年の、揺るぎない、けれど懇願にも似た命令に、男は従う。
青年のすぐ傍へ歩み寄った彼を、相手は首に腕を回してぐいと引き寄せた。
「 !? 」
青年は男を引き寄せると、有無を言わさず唇を重ねた。先ほどまでのようなディープなものではなく、重ねられただけの唇は、すぐに離れる。
「おまえは龍の接吻を受けた。これで、おまえは俺のものだ!」
きらめく漆黒の瞳が宣言すると共に、今度こそ青年は両腕で男に抱きついた。決して離すまいと。