古き時代―――
龍皇の接吻を受けたものは、不老不死となり、永遠に皇を佐けたという。
ヨーロッパスタイル西洋様式
のゲストルームを、隅に置かれたコーナーライトのオレンジ色の明かりが照らしている。広い部屋だが、明かりはそれ一つのみに絞られており、部屋の中にあるものに深い陰影を与えている。
中央に据えられた広いベッドに、人影がある。広い背中を、暖かい色の光が照らしている。
枕元に半分だけ腰掛けた男は、礼装の上着を取った姿である。乱暴に放り出しておいたにもかかわらず、物が良いそれは皺になっている気配もなかった。男は片手を寝台の上に突いて、僅かに屈みこむ姿勢を取っている。もう片方の手がゆっくりと伸ばされ、眠っている人の髪を梳く動作をした。
艶やかな黒髪をさらさらと梳くと、白い肌に影を落としていた黒い睫毛が僅かに震える。
男はしばらく、その動作を繰り返した。
寝顔に落とす眼差しの優しいことを、彼自身は気づいているものか。
その優しい色に、やがて、寂寥が混じり始める。
そして、とうとう手の動きが止まった。
男は寝台を揺らさぬようゆっくりと腰を上げ、眠っている人の肩が上掛けからはみ出ているのを隠すように、首までしっかりと上掛けで覆い直してやった。
最後に、名残を惜しむように屈みこみ、前髪を横へ梳いて額にくちづける。ほんの一瞬だけ軽く触れた唇だったが、その感触が相手の覚醒を促したようである。黒い睫毛が震えて、ゆるゆると瞼が上げられた。
黒い瞳が、深い琥珀色のそれと出会う。
青年は二度瞬きをして、自分を覗き込んでいる男の様子を見て取った。
「……直江」
名を呼ぶと、男の眼差しが少し変化したようだった。逆光で、細かいところまではよく見えないけれど。息を詰めていたのが、ふっと抜けたような変化に見えた。
「起こしてしまいましたね」
男は屈めていた体を起こし、高いところから微笑みを向けてきた。その距離感が気に入らなくて、自分も身を起こす。すぐに手を差し出して支えてくれる男へ、体に残る痛みを噛み殺しながら、見上げた。
「もう、行くのか?」
「ええ。本当に長居をしてしまった。それではね」
ちゃんと座るのを見届けると、背を支えていた手がいなくなった。失せた温かさをひどく寂しく感じた自分に驚く。もう一人の熱があったからこそ、今まで安眠できたのだ。一人になったら、この部屋はただがらんと広いだけで、寒いのだろう。
踵を返した男の背中を見つめながら、そんなことを考えた。
男は椅子の背に投げ出してあった上着を手に取ると、背中に痛いほどの視線を感じながら、ゆっくりと扉へ向かって歩いていった。
ほんの一時情を交わした相手との別れなら、振り返ってはならない。このまま、気まぐれで冷たい殺し屋として去らなければならない。初めて抱いた相手をベッドに置き去りにして、何も感じることなく背を向ける、ひどい男として。
彼が何を思って自分に身を任せたのかは知らないが、この瞬間、ほんの僅かでも情を残してはならないのだ。彼は龍の次期当主であり、自分は彼を一度手に掛けた殺し屋なのだから。
たとえ今この瞬間、後ろ髪を引かれる思いでいても。
男がドアノブに手を掛けたとき、背後から、呼びかけた声がある。
「どうして、俺を離れるんだ……
イーミィン義 明
」
青年の唇から、信じられない名前が紡ぎ出された。
びくり、と身動きを止めた背に、
「義明……だろう?」