古き時代―――
龍皇の接吻を受けたものは、不老不死となり、永遠に皇を佐けたという。
暗い庭園に人影が二つ。
薄雲を隔てた柔らかい月光に照らされている。夜の色にとけ込んだ礼装の長身と、ぼうっと浮かび上がる白い中華衣装とが、じりじりと一定の距離を保ちながら移動してゆく。黒い服に身を包んだ男が、しなやかな体をした青年を追いつめているように見える光景は、しばらく続いて、やがて終わる。
いつの間にか壁際に追いつめられていた。
顔の横に大きな手が置かれ、もう片方の手が頬に触れる。柔らかい革の手袋に包まれた指が、そっと顎のラインをたどった。そして、顎から上へゆっくりと上がって、下唇にあてがわれる。
はっと息をつめるのと同時に、親指が下唇を僅かに開かせて、そして、見上げた瞳が合ったときには、唇が柔らかく温かいものに覆われていた。
口移しに呼吸を与えるように、しっとりと覆いかぶさる。上唇と下唇とで挟み込むようにして、ゆっくりとついばまれる。何度も行ったり来たり、唇をこすり合わせられる。何度も、何度も。まるで何か一つの言葉を繰り返し囁くように。
ふわっ、と体の内側から熱が生まれた。性感から生まれる熱ではなかった。そんな即物的な衝動ではなかった。確実に、心から生まれたものだ。目の前にいるこの男が、何を語っているのかを悟って。
くちづけはまだ続いている。たまらず開いた唇を、濡れた熱いものがなぞっている。もっと開いて……と言うように。合わせ目を左から右へ、右から左へと、幾度も。
とろけるように甘いくちづけだった。
こんなくちづけが語る言葉は一つしかない。目の前にいるこの男は、愛情を両腕に抱いている。その大きな愛情を、唇から口移しに与えてくるのだ。溢れ出して止まらない思いを。
言葉よりもずっと雄弁なランゲージは過たず胸に響き、そして、反響する。
この男は自分を愛している。敵も味方も、世界の掟も、関係なく。ただこの自分を愛しているのだ。
それを知って、どんな反応が生まれたか。目を閉じた。力を抜いた。そそぎ込まれる気持ちを生のまま受け取り、体の中一杯に満たしていった。
頬を包む柔らかい革の手袋が愛しいと語っている。何度も唇をなぞってゆく温かいものがもっと愛したいと訴えている。やがて触れ合った熱が、嬉しいと叫んでいる。この雄弁な囁きに比べれば、言葉など何と無力であることか。
男の紡ぐ「言葉」を懸命に受け止め、受け入れて、青年の体が反らされてゆく。
壁と黒衣とに挟まれた白い中華衣装が震える。
いつの間にか頬だけではなく腰にも腕が回されて、白い衣装はすっかり人の目から隠されていた。
「……どうして?」
たっぷりと甘く貪りあったくちびるが離れたとき、僅かに潤んだ瞳で見上げて呟いた言葉に、
「……理由が、必要ですか……?」
深い琥珀色の瞳が、恐ろしく真摯な光を宿してとろりと見つめ返す。
そして、何よりも雄弁なくちびるがもう一度、落とされた。
恋に落ちるにも、人を愛するにも、理由など要らない…… |