古き時代―――
龍皇の接吻を受けたものは、不老不死となり、永遠に皇を佐けたという。
完全に相手の『間合い』の中にいる状態で、相手が名乗った名前は、『直江』。
香港の表と裏を仕切る龍一族の次期当主は、しかし殆ど表情を変えなかった。
ただ、瞳の奥がはっと揺れたのみ。
四年前に生死の境を彷徨い、奇跡的に生還した次代の龍皇は、そして、一度ゆっくりと瞬きをすると、寂しげな、と形容するのが相応しい笑みをひっそりと浮かべて、相手を見上げた。
「俺を殺しに来たのか……?」
対峙することすら危険な相手から逃げようというそぶりも、その男の手で用意された皿を疑うそぶりも見せず、静かに問う。
「……それなら、とっくにやっています」
対する男は男で、自分の正体を気取られたにも関わらず、相手の口を塞ごうという様子も見せない。ここは龍の膝元であるのだから、次期龍皇の一声で彼の身は簡単に捕縛されてしまうというのに。
「そうだろうな。俺が声を掛けなければこの場から立ち去っていた筈だものな」
だが、次代の龍皇は周囲を囲んでいるはずの影の誰も疑問を持たないほど平静のまま、頷いている。会話の中身を聞いていない人間たちには、この二人の間には先ほどまでと何ら変わらない、他愛ない遣り取りが続いているように見えていることだろう。
「ええ。どうやら長居をしすぎたようだ」
男は椅子に掛けている青年に合わせて少し身をかがめていたが、ここでその背をまっすぐ伸ばした。帰り支度とばかりに、一度は外していた手袋をポケットから取り出すのを、未だ椅子に掛けたままの青年が見上げる。
「もう行くのか」
青年は先ほどまでと殆ど変わらない表情で、ただ瞳だけを真摯な色に染めて男を見上げた。暗褐色の瞳はまるで、行かないでほしいと願っているような、そんな色をしている。
「ええ、龍家に見とがめられる前にね。……尤も、」
男はそんな瞳を見て、口元に刻んでいた微笑を消した。少し言葉を切って身を屈め、青年の間近に顔を近づける。
―――あなた個人に追われるのは、構いませんが。
触れるか触れないかというぎりぎりの距離で囁くと、彼は踵を返した。