神刻 ・ ・ ・聖夜



「そうそう、さっきの続きなんだけどな」

声も漏らさず小刻みに肩を震わせていた直江が静かになるまで、オレは黙っていた。
さっき相手がしてくれたように、背中を撫でていた。

やがて直江が身動きを始めると、オレはさっき言おうとしていたことへ戻った。
「星って、本当はもうないのかもしれないんだって。
聞いたこと、あるか?
ああやって光っているけど、その光はずっと昔に放たれたものなんだ。たった今ここでオレたちが見てるあの光も、もしかしたら既に本体はなくなっているのかもしれない。
光は本当に長い時と距離を超えて、ここまで到達してるんだ。何十年、何百年、ときには何万年もかけて。オレたちの一生なんてほんの刹那にしかならないくらい、永遠のように長い時を、あの光は旅してきたんだ……。

オレは星を見上げてるとそういうことを思う。
気の遠くなるような長い旅路を思うと、自分が今悩んでいることなんて何でもない、って、そんな気になれるんだ。

星は無くなっても、その輝き出した光は、長い時の果てに、どこかへ辿り着く。
必ず辿り着くんだ。
それって、すごいことだと思わねーか……?」

オレは一体何を伝えたいんだろう。

言いたかったことの半分も言えていない。何を言っているのかさっぱりつかめない言葉だったと思う。
けれどそれがオレの精一杯だった。
そして、直江はわかってくれたようだった。
「とても……素敵なことですね」
ふっきれたような晴れやかな顔で、直江は微笑んだ。
直江にはオレの言いたいことが通じたのだとわかった。
「……嬉しいな」
オレもつられるように笑っていた。
同じものを感じている人間がいるということがこんなに嬉しいものなのだと、初めて知った。
―――それが別の時間を生きる人間だったことは、皮肉だったけれど。


……タイムリミットが、近づいていた。


何とも不思議な出逢い方をしたオレたちが、その違和感を忘れて刹那の安らぎを共有していた時間は、唐突に終わりを迎えた。

「―――うっ」
他愛もない話に興じていたオレたちだったが、ふいに直江が何か外部のものに反応した。
「直江?」
寒いから入りなさい、と上着に入れてもらっていたオレが、頭の上にある直江の顎を見上げたときには、既に異変が起こっていた。
触れているはずの体に、質量がなくなってゆく。
温度だけではなく、感触まで、消えてゆく。
「時間が……起床の合図が」
直江は元の時間へ急速に意識を引き戻されてゆく様子だった。
「直江っ」
驚いて叫ぶも、引き止める術はない。
どうやっても、とどめることはできそうにない。
それを瞬間的に悟って、オレはせめて最後に伝えようと口を開いた。

同様に、直江の唇も言葉を紡ごうとしていた。


アリガトウ……


同じ言葉を生み出して、その時間は終わりを告げた。



―――――――――・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・―――――――――


―――あとに残ったのは、常と何ら変わりのない神社の風景。

「何だったんだろ……」
不思議な夢だった、と空っぽになった腕を見つめて思う。

優しい手も、自分を抱きしめてくれた胸も、幻とは思えない感触だった。
誰にも言えなかったことを聞いてくれた。黙って泣かせてくれた。
救われた。
「きっと、神さまのくれた贈り物だったんだな。この時間は……」
苦しくてどうしようもなかったオレに、ひとときの救いを見せてくれたんだ。


               それは、不思議な時間。

                      ――――――神刻――――――


オレはこのとき、同じ時間を再び見つけることになろうとは思っていなかった。
相手も言っていたように、ただ一瞬すれちがっただけの、不思議な時間だったと、そう解釈していたから。


―――オレは踵を返して、歩き出した。
頭上では、最初と何も変わらずに、星が輝いていた。




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