籠ノ中ノ小鳥ハ大空ヲ夢見ルカ?



 自ら命を捨てるつもりはない、と。
 心配するなと書いたくせに―――おまえは一月もしないうちに新聞に訃報を載せたよな。
 覚悟の上の一家心中。あの大きな家が全焼して跡形もなくなっていた。
 家族全員分の保険金で結局債権者たちは手を打ったと、風の噂で聞いた。


 なあ、直江。
 おまえがあんな死に方するから、オレはどうしようもなくて、とうとう刑事になったよ。
 死ぬつもりはないと書いたおまえがあんな風に家族を道連れにするわけない。ひどい時代を生き抜いてきたおまえがそんな簡単に人生を諦めるはずがない。

 だからあれは心中なんかじゃないんだ。おまえの首に金をかけて、取り立て屋が殺したんだ。

 そう信じて突っ走ってきた。必ず証拠を挙げて、犯人を刑務所に放り込むんだって、懸命に調べを重ねてきた。
 ―――でも、今日で時効になっちまったよ。十五年。
 とうとう何も証拠を挙げられないまま、終わっちまった。

 ……でも、それでよかったのかもしれないと思うんだ。今は。

 直江。
 おまえは結局、どうして死んだんだろう。
 もしかしたら本当は、やっぱり心中だったのかな。苦労を共にしてきた奥さんだから、一緒に連れてったのかな。オレのことは置いてったくせに、薄情な奴。

 オレはそんな風に思いたくないから、直江はあいつらに殺されたんだって思いこんでる。直江は生きようとした。それを無理矢理断ち切ったのは直江じゃなくてあいつらなんだと、思い込もうとしている。

 どっちが幸せだろうな。

 直江は生きようとしたのに殺されたという悲劇と。
 オレを置いて勝手に死んじまったという悲しみと。


 ―――本当はわかってる。
 直江が死んで随分経ってから、オレの誕生日ってことになってる日が来て、その日。
 愛人になってから毎年恒例の、花束が届いた。
 贈り主は『直江信綱』。
 じゃああの死体は誰のなんだと一瞬飛び上がったけれど、違うんだ。日付を指定して届けさせる、事前注文の贈り物だった。注文日はあの最後の旅行の二日前。

 直江は……自分が今日この日にはもう自分で花束を注文しに行けないことがわかってたんだ。
 なあ、そうだろ?


 最後の手紙であんな嘘書いたのは、オレが後を追わないように。
 直江の死因を疑って、それを支えにどうにかこうにか生き続けるように。そう仕向けるために。

 おまえは本当にすごい男だよ。オレの性格を熟知して、どうあっても後を追えないように手を打っておいたんだ。
 少なくとも今日、十五年後の時効の今日までは、オレは謎を追ってそれを支えにして生き続けるだろうと、おまえは読んでいた。
 おまえのその意図にオレがいずれ気づくこともたぶん計画のうちに入っていて、その意図に気づいたオレが余計にそれを無視できなくなることがおまえにはわかっていたんだろう。


 なあ、直江―――
 世界一優しくて、誠実で、そして、嘘つきな……

 オレの、金曜日だけの……恋人……―――




次章 約束

07.07.23
どこがお誕生日祝いなのかわからない暗さです。。
でも、明けない夜はないのです。あともう少し。
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(picture by 姥桜本舗)