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6. Flower Moon
獣の仔は順調に育ち、男の体とそう変わらない大きさになった。一緒に寝るには寝台が狭すぎるので、枕元に丸くなって眠る日々だ。一人前に狩りもこなすようになり、ウサギなどをくわえて帰ってくることもある。男はますます里へ降りることが少なくなった。
一人と一匹はずっと昔からそうしていたかのように、常に一組だった。
山で食物を採集するときは、鼻の利く仔が先導してキノコや木の実の在り処を教える。小屋に帰れば男はそれらを煮込んで栄養たっぷりのスープをこしらえる。最近ではそこにウサギの肉などが加わり、立派なごちそうになっていた。
すっかり人馴れした仔は男と同じものを食べたがるので、器に入れて足元に置いてやると、うまそうに舐めている。あっという間に器を空にした仔は、まだゆっくり食べている男の傍に寄り、身をすり寄せて周りをぐるぐる回った。
体は大きくとも、行動はまだまだ子どもだ。遊んでくれとばかりに鼻先をこすり付けてくる仔を、男は可愛くてたまらないという顔で見ている。
男の食事が終わると、仔は出かけようというようにその袖口をくわえて戸口へ引っ張っていった。
小屋のすぐ傍から広がる森は、いつもなら暗く閉ざされているが、今夜は満月に照らされてほの明るい。薄闇にぼうっと浮かぶ白い仔の体について森へ足を踏み入れると、仔は後ろを振り返り振り返りしながら走り出した。男もそれを追って走る。仔のお気に入りなのが、この『追いかけっこ』だ。むろん、仔が本気で走ったら人の足で追いつけるはずもないから加減して走っているのだろうが、男にはいい運動になっている。
今夜もそうして追いかけっこに興じていたが、途中で急に仔が速度を上げた。
一月前のあのときと同じだ。もしやまた仲間の匂いを嗅ぎつけたのだろうか。
今夜こそは、『彼』に会えるかもしれない―――!
男は必死になって走り、四肢がバラバラになるほどの思いをしてようやく仔の白い尾に追いついた。
そこには―――仔が四匹いた。
男が育てているのとそっくり同じ、純白の毛並みに真紅の瞳を持つ獣の仔らが、八つの瞳で男を振り返った。
うち三匹は警戒の唸り声を上げ、ぴんと耳を立てて、毛並みにも緊張を漲らせている。
残る一匹は男の養い子で、男に向かって嬉しげに尾をゆらりと振ってみせると、他の三匹に向かって何事かを一言二言吼えた。
すると、今にも地を蹴ろうとしていた仔たちが、急に敵意を収めて男に近づいてきた。
逃げるべきか否か迷っていた男は、そんな仔たちの次の行動に目を見開く。
彼らは男の養い子がそうするように、身をすり寄せて甘えてきたのだ。天敵である人間に対峙した場合にはまずありえない行動である。まして男はかつて彼らの仲間を狩ったことがある。その血の匂いは人には決して嗅ぎ分けられなくとも、獣ならば瞬時に見破られる筈だ。
しかし、三匹の仔は男の養い子がするのと同じ仕草で足元に懐いてくる。男を見上げる瞳は、彼が探し求める『彼』とよく似たルビーの色だ。
この四匹は間違いなく兄弟であり、その顔立ちは幼い日の『彼』に似ている。
そうなると、まさかこの仔たちは彼の……。
誰とも番うことはないと言っていた彼が、誰かと番って仔を成したのか?
深い思考の淵に沈みこんでいた男を現実に引き戻したのは、突如辺りの静けさを破って轟いた獣の声だった。
三匹の仔たちは男に懐くのをやめ、森の奥へと消えてゆく。おそらく親に―――もしかすると彼に―――呼ばれたのだろう。
男の養い子もしきりとその方角を気にしている。
「お行き。人の匂いをつけたお前が仲間はずれにされなければいいが……。さあ、親のところへお帰り」
男はそわそわしている仔の頭を撫でると、その方角へと促した。
置いていけないというように森と男とを交互に見る仔を、男はその首筋を軽く叩いて送り出してやった。彼らの住処とこちらを隔てるあの深い谷も、今なら跳べるはずだ。
仔は振り返り振り返り、後ろ髪を引かれる様子で森へ消えていった。
一人で小屋に戻った男は、仔の為に用意したスープ皿を見て少し肩を落としたが、すぐに寝台へ潜り込んだ。
朝日がようやく森の果てを照らし始めた早朝、狩人は何か物音を感じて目を覚ました。
がりがり、がりがり。
これは、扉を引っ掻く音だ。
まさかと思いながら寝台を飛び出し、戸を開けると、果たしてそこには白い獣の仔がいた。ちょんと行儀良く座り込んで養い親を見上げる表情は紛れも無く、養い子のものだ。
「戻ってきたのか……いじめられたわけではないだろうな?」
男は屈みこんで仔の首を抱いてやった。
仔は相変わらずの幼い仕草で男の顔を舐め回している。男はそんな仔にひたと目を合わせ、
「お前に名をつけよう。疾風だ。いいか、はやて?」
ウォウ、と仔は嬉しそうに吼えた。
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