Fullmoon Tonight 





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5. Bright Moon



 獣の仔を拾って、一月が経とうとしていた。手のひらほどしかなかった小さな仔は、この一ヶ月ですくすくと育ち、犬ほどの大きさに成長している。爪や牙もしっかりと発達し始め、じゃれて男に噛み付くとくっきり跡が残るほどだ。
 そろそろ山へ放してやらねばと思いつつも、すっかり馴れてしまった仔を手放しがたく、一日一日とその日を先延べにしてしまう男だった。
 いつものように森へ分け入り、木の実やキノコを集めていると、先導して地面を嗅いでいた仔が急に駆け出した。普段なら男がついてくるのを振り返り振り返り確認しながら走ってゆくのに、何もかも忘れたかのように一目散に書け去ってしまう。森の中で急に本能が甦って山へ帰ったのかとも思ったが、半ば無意識に後を追っていった男は地面に獣の足跡を見つけてハッと瞳を鋭くした。
 白い獣の足跡だ。
 まだ新しい。仔は仲間の匂いを嗅ぎつけて走ったのだろう。もしかしたらまだ近くにいるのかもしれない。

 足跡を追って夢中で駆け続けるうちに、辺りはすっかり暗くなっていた。視界の隅にちらちらする白い尾を頼りにさらに奥へ奥へと進んだ男は、ふと自分を照らす白い光に気づき、空を見上げた。
 彼を見下ろしているのは、美しい満月だった。

 ―――今夜こそはきっと、彼に会える。

 確信して足を進めた男は、程無くして視界の先に佇む白い獣の仔に気づいた。
 そこは切り立った崖の前だった。向こう岸まではかなりの距離がある。成獣ならば難なく飛ぶのだろうが、まだ小さい仔には為す術もないようだ。向こう岸へ向かって悲しそうに鳴いている。
 仔の傍へ歩いていって隣に立つと、仔は育ての親を見上げて少し尾を振り、くぅんとまた一つ鳴いた。
「おまえの仲間は向こうにいるようだな」
 長身の男だが、少し身をかがめて手を伸ばせば、真っ白な毛並みの生え揃った頭に触れられる。頭から首へかけて、いつものように撫でてやりながら、共に向こう岸を遠く見つめた。
 一人と一匹が同時にため息をついたそのとき―――
 向こう岸に白いものが現れた。

 月明かりに銀色に輝く見事な毛並みを見たとき、狩人は何もかも忘れて叫んでいた。

 高耶さん……!

 こごえる赤の瞳で、白い獣の長は人の子を見ている。
 ふたりを隔てるのは、深い谷。

 人には到底跳べぬ距離の向こうに、彼がいる。

 ふたりの眼差しが深く交わされた時間は、永遠にも思えるほどの一瞬であったのだろう。
 月が傾くほどの間も無く、白い獣はその見事な尾をゆらりと揺らして踵を返そうとする。
 その瞬間、男は無我夢中で地面を蹴っていた。

 狩人としてどれほど鍛え上げた肉体といえども、向こう岸まで届く筈も無い人の子の体が谷底へ落ちようとしたとき、白い獣が跳んだ。

 男の首元をくわえて岸まで飛び移った獣は、背中から地面に叩きつけられて意識を失った男に覆いかぶさり、鼻先をその口元へ持っていって呼吸を確かめた。獣の仔も心配そうに男の手を舐めている。
 男の呼吸が正常であることを確認した獣は、男の両頬を舐め、鼻の頭に軽く噛み付くと、自分をじっと見ている仔に視線を向けた。目が合うと、仔は千切れんばかりに尻尾を振って、大きな獣にまとわりついた。そんな小さな仔に、獣の長は鼻の頭を舐めてやり、それからまるで獣の母親が子にするように、その全身を舐めた。仔は仔で、大きな獣の腹の辺りへしきりに鼻先をこすりつける。
 そんな獣たちの傍らに横たわる男がやがて覚醒の気配を見せ始めると、獣の長は仔の毛並みから頭を上げた。
 銀盤は既に西へ傾いている。
 崖に向かい、最後に仔の鼻先を一舐めして、白い獣の長は地面を蹴った。


 狩人が目を覚ましたとき、傍にいたのは、自分の周りをぐるぐる回っては心配そうに頬を舐めてくる仔の姿のみであった。

 
:.........next Full Moon : Jun. 1


07.5.2
フルムーンシリーズ、本編その8です。


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midi by Little Box Melodyさま / photo by 月写真素材館さま

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