Fullmoon Tonight 





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4. Seed Moon



 長年の探し人を再び見失ってから三度目の満月夜、狩人はハンターギルドの情報を元に或る山へ分け入り、一時しのぎの小屋も建て終えていた。
 毎日の捜索過程では白い獣のものと思しき足跡も見つけており、期待は膨らむばかりである。この時期は獣たちの恋の季節であり、彼らが一つ処に腰を落ち着けて子育てを始める可能性は極めて高い。もしこの山に彼らの住処が定まるとすれば、『彼』との再会も決して夢ではないのだ。
 そんな中で迎えた満月の夜、とうに完治した筈の両肩の爪痕と噛み跡が殊更疼くように感じるのは、おそらく精神が高揚している為なのだろう。狩人は訪問者の気配の無い扉をじっと見やりながら、柄にもなく早まる鼓動を持て余していた。

 待てど暮らせど足音一つ聞こえぬまま、月がとうとう傾き、やはり今夜も空振りだったかと狩人がため息をついたとき―――彼のすぐれた聴力は何か引っかかるものを捉えた。
 『彼』の声や足音ではないことはすぐにわかったが、まるで見えない糸に手繰り寄せられるかのように、狩人は立ち上がって小屋の外へと歩き出した。
 人気のない暗い森も、今夜は丸い月に照らされて視界が広い。毎日の捜索活動で目を瞑っていても歩けるほどに慣れた森の中、分け入るほどに段々近づいてくるその音は―――
「赤ん坊か……?」
 眉根を寄せて、狩人が呟く。無論、人の子の赤ん坊のことではない。獣の仔の鳴き声に極めて近い音だ。だが、今はまだ恋の季節である。獣の仔が産まれるのは数ヶ月後の筈だ。
 その疑念を確信が上回ったとき、狩人の目の前に音源がいた。
 木の根元に、親とはぐれでもしたのか、たった一匹だけ、小さな獣の仔がいた。まだ生え揃わない薄い毛皮では夜気の冷たさをしのげないに違いなく、その仔は小さく縮こまって震えている。
 その弱々しい鳴き声を上げる生き物は、紛れもなくあの白い獣であった。

 男はすぐさまその小さな生き物を抱き上げて小屋へ連れ帰り、火を焚いて部屋を暖めた。
 それだけでは獣の仔の震えは収まりそうに無かったので、自らの服を緩めて胸元に入れてやり、上から毛布で覆いをかける。
 体が温まれば空腹が取って代わるようで、やがて獣の仔はしきりに男の胸板に鼻をこすりつけ始めた。その仕草は猟犬を飼っていたことのある狩人にとっては見慣れたもので、男は温めたミルクを布切れに浸して獣の仔の口元へ持っていってやった。手のひらに乗るほどの大きさしかない体の一体どこに入るのか、驚くほどの量を飲んだ仔は、満腹になるとすぐに眠ってしまった。
 草を積んで布を掛けた簡単な寝台の上、枕の脇のあたりで丸くなった小さな獣へ慈しむような視線を落としながら、狩人は探し人へ向かって呟いた。
「これも何かの縁ですね…… あなたはきっと近くにいる」

 二日後に獣の仔の瞳が初めて開いたとき、狩人はその縁を確信した。
 白い獣は皆、黄玉色の瞳を持っているが、この仔は『彼』と同じ真紅の瞳で男を見上げたのだ。


 男の甲斐甲斐しい世話のお陰で仔は日に日に育っていった。数日に一度、男は消耗品等を仕入れるために里へ下りるが、すっかり男に懐いた仔は自分もついてゆこうと覚束ない足取りで男の靴の踵を追うので、困ってしまうほどだ。しゃがみ込んで頭を撫でてやり、
「日没までには戻るから。おとなしくしているんだよ。いいね」
と諭せば、意図を解した様子で足を止めるのだが、くぅんと犬のように鳴いて寂しそうに男を見上げるので、狩人は後ろ髪を引かれる思いで歩を進めねばならなかった。
 仔の為のミルクやら自分用の食料やらを引いて男が戻ってくると、匂いでわかるのか、ずっと前から戸口で待ち構えていて、男が荷物から手を離すとその腕の中目指して飛び上がるので、男には可愛くてたまらない。
「そんなに人に馴れてしまったら山へ戻れないぞ。いいのか?」
と言いながらも、きれいに生え揃ったふわふわの白い毛を梳いてやるのだった。


 山はすっかり春めいて、木の実やキノコなどの食料にも事欠かない。狩人は里へ降りる回数をめっきり減らして、獣の仔の世話に明け暮れた。

 
:.........next Full Moon : May 2


06.8.22
フルムーンシリーズ、本編その7です。
狩人はなぜか白い獣の仔のお父さん業に夢中。まあ、何はともあれ生き甲斐があるのはいいことです。

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midi by Little Box Melodyさま / photo by 月写真素材館さま

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