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3. Lenten Moon
雪解けの気配が近づいてきた。
どこまでも白い雪に閉ざされた山の中腹に、半年ほど前から仮住まいの小屋を建てて生活している狩人は、来たる春にそこを引き払うため、少しずつ荷物をまとめ始めている。
ある日、久しぶりに町へ降りた狩人は、いつものようにハンターギルドに足を向けた。下界は既に冬の気配を忘れ、街路はどこも人々に埋め尽くされている。それらの雑多な人込みから頭一つ抜きん出た長身の狩人は、慣れた身のこなしで人の間を渡ってゆく。
目指す古びた看板が、暖かい春の風にあおられて揺れるのが目に入った。
「よく来たな」
「ああ。―――それで、その後」
いかつい顔付きのギルド支部長が、腕利きのハンターの久方ぶりの登場に、僅かながら表情を変えることで応えた。
対する狩人は、相変わらず時間を無駄にすることはなく、単刀直入に用件を切り出す。相手もよく心得て、すぐに反応を返した。
「来たよ。おまえさんの分も取ってある」
カウンタの下へ潜り込んだ彼は、既に段取りをつけてあったと見え、殆ど時間を取らずに目当ての物を手に現れた。
狩人たちのくゆらす煙草の灰でところどころ焦げ目のついた分厚い木製のカウンタに、ごとりと音を立てて置かれたそれは、
「こいつが、密猟者どもの間に出回ってる銃だ。おまえさん相変わらず鼻が利くな。本部の奴等が来たのはつい三日前のこった」
「これがその、銃か」
その新しい武器の形状は、大人の腕ほどの長さの金属製の筒の一端に木製の握りが付いているというものだ。一見しただけではそれほど威力を発揮するものとも思えない。木刀の代わりに殴るくらいしか用途は想像がつかないが、
「迂闊に触ると怪我するぞ」
警戒しつつ筒の部分に手を伸ばした狩人に、支部長は重々しく注意した。すぐさま動きを止めた狩人は、しかし汗一つかいている様子は無い。ちっと舌打ちした支部長は、肩をすくめて首を振った。
「ま、今は弾を抜いてあるから問題ないがな」
「弾?」
耳慣れない単語を復唱した狩人に、支部長は銃のある箇所を指して説明する。
「弓で言うなら矢にあたる物だ。こいつの中に弾を仕込んでおいて、そこの引き金を引くと、ここから」
と、筒のもう一端に指を触れ、
「弾がものすごい勢いで飛び出すって仕組みだ」
ぱん、とその穴から何かが飛び出る様子を再現した。
眉を寄せつつその説明に耳を傾けていた狩人は、依然として表情を変えぬまま、鳶色の瞳だけを険しくする。その新しい武器の異色さと、支部長の口調の重さに、ただならぬものを感じ取ったという様子だった。
狩人は一つ瞬くと、ギルド支部長に真剣なまなざしを向けた。
「―――この使い方を詳しく教えてくれ」
狩人は雷のような音をたてる新しい武器をギルド支部長から入手して以来、その習得に向けて練習に励んでいた。
この武器は弓矢と異なり、獣を仕留めた後で矢を回収して再び使うということができない。弾は撃ったら撃ちっ放しである。
そういう状況であるから弾を無駄遣いするわけにはいかないのだが、扱いが身に馴染むまでは仕方ないと、狩人はできるだけ精神を統一してから撃つよう心がけて練習に勤しんだ。
確かにこれは強い武器だ。当たればまず逃がすことはない。
その一方で狙いをつけるのが難しい。そのうえ気をつけて管理しておかなければ暴発の危険がある。一歩間違えれば自分が怪我をするだろう。
安易に使えるものではない。だからこそ密猟者も手を出したのだろうが。
名うての狩人である男はやがてこつを掴み、極めて巧みにそれを扱うことができるようになった。
飛ぶ鳥の目玉を正確に狙って打ち落とすような離れ業もやがて習得した。長年慣れ親しんだ弓よりもぴたりと身に馴染むほどになったとき、支部長は狩人に密猟者の多く出没する山の情報をもたらした。
狩人はいよいよ小屋を畳み、旅立った。
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