Fullmoon Tonight 





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12. Long Night Moon



 襲撃の回数は目に見えて減っていた。狩人は白い獣の冬眠が近づくのを確信しながら、油断無く日々を過ごした。山はすっかり雪に閉ざされ、男は冬越えの山篭りのために食料などを仕入れるため、街に下りた。
 大きな市の立つこの規模の街であれば、必ず狩人ギルドの支部が置かれている。狩人は街へ下りるたび、必ずギルドに立ち寄って情報や武器を仕入れていた。今回もいつものように支部の建物に入って行った彼は、聞き捨てならない話を耳にすることになる。
「密猟者だと?」
「ああ。ギルド以外の筋から例の毛皮が出たらしい。それも大量にだ。おまえさんはそんな真似しねえだろう」
「当然だ。乱獲などもっての他だろうが」
 狩人ギルドでは、どの種類の獣をどの程度の数だけ狩るか、数が限られている。制限をつけずに乱獲の末、もしその種族が絶えでもすれば、飯の種が無くなることになるのだ。それでは本末転倒である。そこで、正規ギルドでは、需要と供給、全体の個体数を把握した上で、狩猟制限値がきちんと管理されているのだった。
 ところが、ギルドに加入していない密猟者がここのところ白い獣を乱獲して売りさばいているのだという。
「それにしても……あれはそう簡単に狩れるものではないんだが」
 数十年も存在を確認されることすらなかった幻の獣をとうとう狩った凄腕のハンターは、形の良い眉をぐっと寄せて呟くように言った。
「いや、それが中央から下ってきた盗賊まがいの荒っぽい奴らで、新しい道具で仕留めてるって噂だ」
「新しい道具?」
「雷みてえな音をたてる、火を吹く道具らしい。矢よりも早く的を仕留めるんだとか」
「そうか……」
 数千人規模のギルドの中でも名を知らぬ者の無い一流の狩人は、腕を組んで低く唸った。剣も弓も他人に引けをとらない自負はあるが、中央で開発されたばかりの新しい武器となると、さすがに手の打ちようがない。辺境にいて不便を感じるのはこんなときだ。
 考え込んでしまった狩人に、支部長は気にするなと言うように肩を叩き、
「なに、雪解け前には本部から現物が届くだろうよ。そんときゃ真っ先におまえさんに見せてやる」
「そうしてもらえればありがたい。俺もそいつを習得しなければな」
「ああ。逸れモンをのさばらせておく訳にゃいかねえからな」
 正規ギルドの支部長として、そして一人の狩人の誇りにかけて、二人の男は瞳に厳しい光をたたえた。


 食料や武器、衣類等の冬篭り用品を仕入れてソリに乗せ、狩人は山へ戻っていった。暮れかけた空を見上げ、先ほどまで厳しい光を浮かべていた眼差しがやわらかくなる。
 今夜は満月だ。約束した人と会えるかもしれないという喜びに、重い荷物を曳く足取りも軽くなる。
 小屋へ戻った男は、仕入れた物品をそれぞれ決めた場所へ収納すると、休憩も取らずに再び外へ出かけた。まだ完全には陽が落ちていないので、月を見るためではない。身を守るために設置した罠の具合を確かめて回るつもりだった。


 ―――満月の夜に気を取られ、名うての狩人にも似合わず警戒を緩めていたのかもしれない。
 男がハッと何かを感じて跳び下がろうとしたときには、既に大きな影が目の前を横切っていた。
 身についた体術が働いたか辛うじて直撃は避けられた。しかし、左の肩は鋭い衝撃と灼けるような熱を感じている。
 状況を悟った男は素早く身を翻し、傍の木によじ登った。その判断が一瞬でも遅れていたら、後からやってきたもう一匹の牙で今度こそ命を落としていただろう。
 太い枝に足場をおいて見下ろした地面では、二匹の獣が恐ろしい勢いで吠え立てている。くわっと開いた真っ赤な口に並ぶ牙の鋭さは、大抵の人間が目にしたなら気を失うであろう恐ろしい光景であるが、狩人は慌てず騒がず、常に身につけている目潰しを掴み取って獣の上に降らせた。街で仕入れた香辛料は山にはない植物である。獣たちにとっては馴染みの無いそれは、目や口に入れば強烈な刺激に襲われるもので、飛び道具を手にしなくなった狩人にとっても充分に有効な武器となった。
 目と口を封じてしまえば、いかに獰猛な獣といえども退却するほかにない。その強烈な刺激をどうにかするためには水で洗うしかないということをこれまでの経験で知っている彼らは、しばらくは怒り狂って吠えていたが、木の上にいる相手にはどうしようもなく、やがて諦めて駆け去ったのだった。
 狩人はこれまでの経験から、一度襲撃に失敗したらその日のうちに再度襲ってくることはないと知っているが、獣たちが確かにその場を去ったのだと見極めをつけるまで、じっと木の上から様子を窺った。気配が消えるのを確認すると男は慎重に木から下り、とっぷりと暮れた森の中を足早に小屋へと引き上げた。

 まず火を焚き、煌々と灯りをつける。
 裂けた服を脱いで傷を見てみると、ざっくりと三本の爪痕が残っていた。これが心臓の上であれば、間違いなく死んでいただろう。
 苦いため息をつきながら強い酒を振りかけて消毒し、清潔な布で傷を縛りにかかっていると、窓の外を何かがちらりと横切った。
 いつの間にか月が出たようで、窓の向こうは白く明るい。
 結び目を作るのもそこそこに外へ出てみると、満月の下に雪よりも白い獣が佇んでいた。
 見事な毛並みを月光に輝かせた獣は、こごえるような真紅の双眸で男の肩を痛いほど凝視している。狩人は無傷の右手を伸ばした。
「おいで」

 獣は動かない。

「高耶さん……おいで。ここへいらっしゃい」

 真名を呼んで両腕を広げると、獣は地面を蹴った。

 男の目の前に降り立ったのは、滑らかな人の足。黒い髪と瞳をしたしなやかな少年がそこにいる。その唇が何かを言う前に、一回りも大きな狩人がその体を抱きしめた。
「ここは寒いから、中に入りましょう。いらっしゃい」
 裸の背を庇うように腕を回し、大きな体全部で冷たい空気から少年を守るようにしながら、狩人は彼を小屋の中へ連れて行った。

 男は寝台の毛布を引き剥がして少年に着せかけ、火の近くの椅子に座らせてやると、自分は寝台に腰を下ろした。狭い小屋の中ではそれほど距離が開いたわけではないが、少年はすぐに立ち上がり、男の隣へやってきた。
「あちらのほうが暖かいでしょうに」
 遠い昔にも同じことがあった。あのときはほんの小さな男の子だったのに、今はこんなにも強い光を瞳に浮かべて、立派に一人前の男になっている。
 狩人は懐かしい記憶を思い出しながら、少年に微笑みかけた。
「そんなことはどうでもいい。それより」
 睨みつけるような強い光を瞳に浮かべた少年は、狩人の逞しい左肩でひらひらと不恰好に揺れている布切れに手を掛け、乱暴に引きほどいた。さすがに少し顔をしかめた男だったが、少年の次なる行動には目を見開く。
「……ッ」
 無残な爪痕に滲み出す血の色に少年は瞳をきつくして―――やおらそこに顔をうずめた。
 止まる気配もない血に舌を這わせて何度も舐める仕草は憤りとやるせなさに満ちており、男は言葉を忘れる。
「ばかやろう。油断するなと言ったのに。こんな調子じゃとても保ちやしない」
 きつい言葉とは裏腹に、舐め続ける舌は熱心ないたわりに溢れていて、それは愛撫に最も近いものだった。
 男は傷跡を舐め続ける少年の肩に手を触れ、そこから首筋、頬へそっと触れていった。もう片方の手で、滑らかな黒い髪を撫でる。ちょうど獣の毛並みを撫でて懐かせるように、ゆっくりと繰り返し髪を梳いた。前の満月の夜と同様に人のそれと同じ形をしている耳朶を、親指と人差し指とで挟むようにして撫でると、肩にうずめられた頭がぴくりと揺れた。
 そして、その耳の下から顎の線をゆっくりと辿ると、すらりと尖った小さな顎に至る。
 手をかけてそっと引き、上を向かせようとすると、傷を舐めていた舌が離れる気配がした。

 見上げてきた深い漆黒の瞳に、男は自分と同じ炎を見つけた。

 初めて乱暴な仕草で少年の身体を引き寄せ、鋭い牙を備えた口に躊躇いなくくちづける。
 舌で口内を探ると牙に触れて血が出たが、その味はいっそう二人に火をつけた。


 最も長い夜に、白い獣の長と人の子の狩人は番いになった。


 
:.........next Full Moon : Jan. 3


05.12.15 06.12.05
フルムーンシリーズ、本編その3です。
なんと三度目の逢瀬で番いに……!

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