10. New Moon
彼らの住まいであるところの岩屋へ帰り着くと、男ははやての背から降り立って、三頭揃って待ち構えていたほかの仔らに迎えられた。
はやてを合わせると一見そっくりな四兄弟だが、共に暮らし始めて二ヶ月ほどが経った今、父親は彼らを過たず区別することができる。彼らは一様に嬉しそうで、千切れんばかりに尾を振って父親を取り囲んだ。
「ただいま、子どもたち。何があったんだ?」
大きな体に囲まれ懐かれた父親は、子どもたちの首を順番に叩いてやりながら問いかけたが、言葉の途中でふと何かに気付いたように手を止めた。
「―――高耶さんは?」
いつもなら仔らと一緒に迎えに出てくれる筈の伴侶の姿がない。こんな状況はこれまでには無かったことだ。
もしや彼に何かあったのかと男は顔を険しくしたが、子どもたちは何ら緊迫した様子もなく、父親の背を鼻面で突ついて岩屋へと押しやった。
「中に?」
男は押された勢いのままに歩を進めていったが、すぐに聴覚と嗅覚に訴えるものに気づいた。
岩屋にこもっている特有の鉄臭と、弱々しい鳴き声。
「高耶さん?もしかして……」
男はようやく事態を理解して、岩屋の奥へ駆けていった。
薄暗い空間にぼうっとほの白く浮かんでいるのは腹這いになって首をもたげている伴侶の輪郭である。その腹に小さな塊が幾つかくっついていた。
まだ目も開かない産まれたばかりの仔だ。
男の伴侶は弱々しい鳴き声を上げる仔らの体をしきりに舐めている。
「高耶さん……お疲れ様でした。立ち会えなくてすみません」
男は大仕事を終えた伴侶の傍らに膝を突き、その労を労った。そろそろ月満ちる頃だとはわかっていたのに、肝心の時に傍にいられなかったことが心残りで、彼は隻眼を伏せ気味になっている。
彼の伴侶はこくりと頷くと、男の両頬を舐めて鼻の頭を噛んだ。いつもの番いの挨拶だったが、伴侶の体には少し力が足りていないように思えた。
男は伴侶の腹にくっついて鳴いている仔らを見て、
「はやての小さい頃を思い出しますね。ちょうどこの大きさだった」
と目を細めている。
当時はまさかそれが自分の仔であるとは夢にも思わなかったので、猟犬の子を育てる要領で世話を焼いていたつもりだったが、無意識のうちに甘やかしていたのか、出来上がったのは熱いスープと暖かい炎が大好きで、寝台よりも大きな体になっても一緒に眠りたがる、獣離れした異色の仔だった。
人の言葉を理解するという点が男にとっては有難い。他の三頭の仔らとの意思疎通にははやての通訳が欠かせないのである。
獣の長と人の子の両親が揃った今度の仔たちはどんな風に育つのだろうかと、男は暫し未来に想いを馳せた。
「本当にお疲れ様でした」
伴侶の銀白の毛並みに指をうずめて撫でると、相手は心地良さそうに目を閉じた。
continued.
|