10. New Moon
男が岩屋の外に出ると、すっかり日が落ちていた。頭上高くには銀盤が一際白く輝いている。
それを振り仰いで、男は深く息を吸い込んだ。
同じ満月の下、長く捜し求めていた相手と再会したのが一年と少し前。男には、それが昨日のことのようで、遥か昔のことのようにも思えた。
再び出会えただけで十分だった人と番いになり、仔を成して、片目と引き換えに伴侶の座を手にした。そして、再び仔を得た。
元狩人は、すべてが始まった日と同じ真白い月へ向かって両腕を伸ばした。
狩人として名を馳せていた頃の彼の二つ名は『満月の夜には絶対に狩りに出ない男』だった。彼は満月の日だけは、商売道具を手にすることなく外へ出て、その清浄な光を全身に浴びるのを習慣にしていたのである。それは、今彼が傍にいる人との遠い思い出を再生するための時間だった。
やがて、父親の姿に気づいた仔らが駆け寄ってきて、大きな体を壁のようにして取り囲んだ。何も知らない人間が見ればぞっとして逃げ出すような光景だったが、仔らは全く姿の違う父親にこの上なく懐いている。その優しい手に撫でてもらおうと、競って頭を差し出すのだった。
男は元狩人とは到底思えない穏やかな瞳で、競い合う仔らを慈しむように見守っている。
「―――おまえたち、いつまで父親の取り合いをしているんだ」
彼らに背後から掛けられた声は、呆れているようでもあり、手のかかる仔を慈しむようでもあった。
振り向くまでもなく声の主を悟った男は、仔らに向けるのとは全く異なる微笑みをたたえて首だけで後ろを向き、
「高耶さん、もう動いて大丈夫ですか」
と、人の姿をとった伴侶を気遣った。相手は軽い足取りで近づいてくると、自然と道を開けた仔らの横をすり抜け、おいでとばかりに広げられた伴侶の腕に身を投げかける。
「やはり随分お疲れのようですね」
くたりと力を抜いて身を預けてくる少年の様子を見て男は心配そうに眉をひそめたが、相手は首を振って男の背に両腕を回した。
「おまえはオレの伴侶だ。こいつらばっかりに構うな」
背に爪を立てているのは、どうやら甘えているつもりのようだ。
子どもから伴侶を取り返して喜んでいるその行動は、父親の取り合いをする自分達よりももっとたちが悪いのではないかと、子どもたちは互いに顔を見合わせている。
群れの長としての彼からは想像もつかない行動を取る高耶を、甘やかしたくて仕方のない男は、小さな仔だった頃にそうしたように優しく抱きしめて背を撫でてやった。
continued.
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